ここまでのページで「確立操作」を学んできました。
確立操作についてこれまでのページでは
「(ABA自閉症療育の基礎45)オペラント条件付けー確立操作(https://en-tomo.com/2020/10/10/establish-operation/)」
「(ABA自閉症療育の基礎46)オペラント条件付けー確立操作と弁別刺激の違い(https://en-tomo.com/2020/10/13/establish-operation-discrimination-stimulus-difference/)」
「(ABA自閉症療育の基礎47)オペラント条件付けー「無条件性確立操作」と「条件性確立操作」(https://en-tomo.com/2020/10/16/establishing-operation-type1/)」
「(ABA自閉症療育の基礎48)オペラント条件付けー確立操作「遮断化」「飽和化」「嫌悪化」(https://en-tomo.com/2020/10/19/establishing-operation-type2/)」
「(ABA自閉症療育の基礎49)オペラント条件付けー確立操作とレスポンデント条件付け(https://en-tomo.com/2020/10/24/respondent-operant-affect-each-other2/)」
のページで紹介をしてきました。
「確立操作」は、
確立操作とは弁別刺激と同じく先行事象(行動の前にある状況)に位置し、強化子の価値を上げたり下げたりする影響を持つもの
でオペラント条件付けでは以下の画像に示されるように
確立操作は「A(Antecedent):先行状況」に入る内容です。
これまでのページで「確立操作」を学んだこの「今」の段階でもう一度、「強化子」について考え直す機会を持ちましょう。
この機会を持つことであなたはABA自閉症療育の幅を広げることができます。
このページはイラストの、
「ココ」と書かれているところ「正・負の強化子」についての内容です。
強化子について、
「(ABA自閉症療育の基礎19)オペラント条件付け-強化とは?(https://en-tomo.com/2020/08/13/operant-conditioning-basic-reinforcement/)」
で私は
特定の状況の下(A)で、特定の行動(B)が生起したとき、特定の結果(C)が伴う。
その後、特定の状況の下(A)で特定の行動(B)が増加した場合、それは強化と呼ぶ
このとき行動を増加させた結果を「強化子(Reinforcer)」と呼ぶ
と私は後輩育成をするときに教えていますと述べました。
つまり「強化子」とは行動のあとに伴わせることで、その後行動を増加させる結果のことです。
正直ABA自閉症療育を行う際にはこのような定義で「強化子」について捉えておいても充分かと思いますが、
以下の議論について見ていきましょう。
オペラント条件付けー強化子と循環論
強化子について1つ考えて欲しいエピソードを紹介します。
James E. Mazur (2006) は以下のようなエピソードを紹介しました。
ある行動学者がラットがレバーを押すたびに、仮に少量のビールを与え、レバー押しの頻度が増加したとしよう
この学者はビールはラットにとって強化子であると結論を下すだろう
もし「どうしてラットのレバー押しが増加したのか?」と聞かれたら
学者は「ビールを与えることによって強化されたからである」と答える
そこでもし「ビールが強化子であることをどのように知るのか?」と聞かれたら
「レバー押しを増加させたからである」
と答えるであろう
しかしこの種の論法は循環論である
James E. Mazur (2006) は以上のように述べています。
「循環論(じゅんかんろん)」とは決着がつかず、ぐるぐると結論が循環してしまうことなのですが、
このエピソードを続けたとすれば、
質問者「どうしてラットのレバー押しが増加したの?」
学 者「ビールを与えることによって強化されたからだよ」
質問者「ビールが強化子であることをどのように知るの?」
学 者「レバー押しを増加させたからだよ」
質問者「どうしてラットのレバー押しが増加したの?」
学 者「ビールを与えることによって強化されたからだよ」
質問者「ビールが強化子であることをどのように知るの?」
学 者「レバー押しを増加させたからだよ」
質問者「どうしてラットのレバー押しが増加したの?」
学 者「ビールを与えることによって強化されたからだよ」
質問者「ビールが強化子であることをどのように知るの?」
学 者「レバー押しを増加させたからだよ」
・・・・・・・・・・・・
とこのように循環論に陥ってしまい永遠に結論が出ないことになってしまうのです。
ここまで見てきた強化子の捉え方では
行動のあとに伴わせることで、その後行動を増加させる結果という強化子の捉え方ではこのような循環論に陥ってしまいます。
「強化子」はABAの根幹の「核」の概念ですから、このような論法で批判されると根底が覆ります。
そのため「強化子」が循環論に陥ってしまうことは当時ABAの専門家を悩ませたようです(参考 James E. Mazur ,2006)。
なぜなら強化子がこのような循環論に陥ってしまうものであるとすれば、
強化子はこの先の行動変化を予測することができないという重要な欠陥を持ちます。
そして、
ABAの専門家は循環論に陥らないためのもっと強固な「強化子」の定義を求め始めることになるのです。
実際には別の章で論じる「シングルケーススタディ」という計画に当てはめて強化子を捉えていけば
上のような循環論に陥らずに強化子について扱うことができるのでは?
と私は考えていますが
上のような議論が過去にあり、ABAの専門家を悩ませたことも事実のようです
James E. Mazur (2006)によれば行動心理学者はどの刺激が強化子でどれがそうでないかを決める基準を開発して、このような循環論から何度も逃れようと試みてきた歴史があります。
James E. Mazur (2006)はこの問題はある刺激が強化子の役割を果たすかどうかをあらかじめ示すルールを見つける、という点に要約できると述べました。
以下この強化子の循環論を逃れるために考えられてきたこの後のページで紹介をしていく「プレマックの原理」、「反応遮断化理論」、「不均衡理論」以前のモデルについて見ていきましょう。
「プレマックの原理」、「反応遮断化理論」、「不均衡理論」については次のページから見ていきますが、
このページではそれより前のモデル「要求低減説」と「動因低減説」を紹介しましょう。
強化子とは?ー要求低減説
ある刺激が強化子の役割を果たすルールを定義しようとした1つに「要求低減説(Need Reduction Theory)」というものがあります。
James E. Mazur (2006)によれば「要求低減説」はハル(Clark Hull)という心理学者によって提言されました。
「要求低減説」とは、全ての1次生強化子は何らかの生物学的な要求を低減させる刺激であり、生物学的な要求を低減させる全ての刺激は強化子の役割を果たす(参考 James E. Mazur ,2006)
という内容によって強化子の価値を定義しようとしたルールです。
1次生強化子については
「(ABA自閉症療育の基礎24)オペラント条件付けー強化子のタイプ(https://en-tomo.com/2020/08/19/aba-reinforcer-type/)」
のページで紹介しました。
このページでは1次性強化子について
Raymond .G .Miltenberger (2001) を引用し、
たとえば食物、水、性的刺激は自然な正の強化子であるが、それらは個体の保持と種の保存にとって必要なものである
痛みの刺激や非常に強い刺激(寒さ、熱さ、その他の不快刺激や嫌悪刺激)からの逃避は、それらの刺激からの逃避や回避が生存に有利に働くことによって、自然な負の強化子となる
これらの自然な強化子は「無条件正強化子(Unconditioned Reinforcer)」(※1次性強化子のこと)と呼ばれる
と1次性強化子の内容を紹介しました。
以上から、1次性強化子とは生きていくために必要な刺激のことです。
ハル(Clark Hull)の「要求低減説」ではこのような1次性強化子は生物的な要求を低減させるため、そのような刺激が強化子であるということになります。
しかしこのルールでは例えば「人からの注目」や「オンラインゲーム」、また状況によっては、例えば満腹状態では好物が強化子として機能しない、
という多くの例外があるために強化子のルールとしては適当ではありませんでした。
強化子とは?ー動因低減説
「要求低減説」の他に、ある刺激が強化子の役割を果たすルールを定義しようとした1つに例えば「動因低減説(Drive Reduction Theory)」というものがあります。
この「動因低減説」は上記のハルとその弟子ミラー(N. E. Miller)という心理学者によってされました(参考 James E. Mazur ,2006)。
James E. Mazur (2006)によれば「動因低減説」とは、
いかなる種類の強い刺激作用も個体にとって嫌悪的であり、このような刺激作用のどのような低減も、直ちに直前の行動に対して強化子の役割を果たす
という内容によって強化子の価値を定義しようとしたルールです。
安藤 明人 (2005) はこの「動因低減説」は1940年代は有力な動機付けの理論としての位置を占めたと述べました。
しかし安藤 明人 (2005) によれば「動因低減説」は生態の均衡を崩す不快な緊張状態としての動因がない限り、人間や動物が自ら進んで行動したり学習したりしないとされます。
安藤 明人 (2005)はそのために1960年代にはこの「動因低減説」はその役割を終えたと述べています。
James E. Mazur (2006)も例えば室内の温度が38度から24度に下がることはおそらく多くの動物にとって強化子として働くものの、
ー4度からー18度に下がることは強化子としては働かないなど、このような熱の低減が強化子として機能する場合と機能しない場合などの例をあげ、
「動因低減説」では説明できない強化子のパターンを示しました。
これらのことから「動因低減説」も多くの例外があるため、強化子のルールとしては適当ではありませんでした。
さいごに
このブログページではここまでのブログで紹介してきた強化子の定義を最初に見ました。
強化については、
特定の状況の下(A)で、特定の行動(B)が生起したとき、特定の結果(C)が伴う。
その後、特定の状況の下(A)で特定の行動(B)が増加した場合、それは強化と呼ぶ
このとき、行動を増加させた結果を「強化子(Reinforcer)」と呼ぶ
とブログ内では定義してきました。
ABA自閉症療育を行う上では上記の定義で充分と考えていますが、
しかしこの定義では強化子が循環論に陥ってしまうことブログページでは示しました。
そして強化子が循環論に陥ってしまうことはこれまで行動心理学者を悩ませてきたという内容について触れました。
このページではこの問題を解決するために「要求低減説」と「動因低減説」を紹介しましたが、このページで示してきたように
これらの強化子の価値を定義しようとしたルールは、強化子のルールとしては適当ではありませんでした。
次からのページで紹介をしていく「プレマックの原理」、「反応遮断化理論」、「不均衡理論」はABAにおける強化子を定義したルールとして、成功したルールと言えるでしょう。
「プレマックの原理」、「反応遮断化理論」、「不均衡理論」というルールを知ることはABA自閉症療育でも役に立ちます。
次のページから「プレマックの原理」、「反応遮断化理論」、「不均衡理論」について紹介していきましょう。
【参考文献】
・ 安藤 明人 動機付け研究の歴史 中島 義明・繁桝 算男・箱田 裕司(編著) 新・心理学の基礎知識 (2005) 有斐閣ブックス p260-261
・ James E. Mazur (2006) LEARNING AND BEHAVIOR:6Th ed. 【邦訳 磯 博行・坂上貴之・川合伸幸,訳 (2008) メイザーの学習と行動 日本語版 第3版 二瓶社】
・ Raymond .G .Miltenberger (2001)Behavior Modification : Principles and Procedures / 2nd edition 【邦訳: 園山 繁樹・野呂 文行・渡部 匡隆・大石 幸二 (2006) 行動変容方入門 二瓶社】