JASPER研究から見える自閉症の研究課題(ABA自閉症療育のエビデンス18)

ABA自閉症療育、JASPER

このページで紹介する「JASPER:joint attention symbolic play engagement and regulation(共同注意の象徴的な遊びの関与と調節)」

これまで紹介してきた「NBI(Naturalistic Behavioral Interventions:自然主義的行動療法)」に含まれるものと考えられる。



JASPERは発達と行動原則の組み合わせに基づく治療アプローチで、ソーシャルコミュニケーションの基盤(共同注意、模倣、遊び)について、自然な戦略を使用することで子どもに教え、ソーシャルコミュニケーションの割合や熟練度(英語ではcomplexityと記載)を高める手法となる。

参考:JASPERの開発者Connie Kasariのホームページ

http://www.kasarilab.org/treatments/jasper/

上記の参考URLはJASPERの開発者Connie Kasariのホームページである。



JASPERから見るABA自閉症療育研究の今後の展望

JASPERについて上記のURLで紹介したConnie Kasariが行ったGoods KS・Ishijima E・Chang YC・Kasari C (2013) の研究を紹介する。

末に書かれている共同著者の「Kasari C」がJASPERの開発者、Connie Kasariである。

Goods KS他 (2013) の研究はJASPERのRCTパイロットテストである。

「パイロットテスト」とはこの後に行われる規模の大きな研究のために行う試験的な研究と思ってもらって良い。

この研究

「自閉症の大多数は5歳までに話し言葉を使用するが一部の子ども(約25~30%)は言葉がほとんど話せない。これらの子どもをターゲットとした新しい介入方法が必要かもしれない」

という一文から始まることが印象的だ。

Goods KS他(2013)

過去、自閉症の核となる特徴を特定し、就学前の自閉症児たちへの効果的な介入は現在まで大きな進歩はあった。しかしこれらの努力の中では、一般的に最も発達の障がいが重い子どもたちは見落とされてきたと述べた


Enせんせい

これまで紹介をしてきた研究にはカットオフなどの参加条件があることが多い

例えば研究参加前の段階で「IQ40以下のお子さんは、研究からは除外した」などがそれにあたる

これらは研究をする上での「条件の統制」として必要となる


例えば無発語などIQが低く出てしまう人たちは研究から除外されてしまうことが多い

このような事実はGoods KS他(2013) が述べるように

ABA療育の歴史の中で「重度の自閉症児」は日陰者であったという歴史を生み出してしまったのかもしれない


障がいの重いお子さんであっても、支援できる方法を探していく必要がある。



JASPERについては「メタ分析」や「系統的レビュー」が確認できなかったため、現在のところエビデンスヒエラルキーは低い位置にあると考えられる。

※メタ分析、系統的レビュー、準実験やRCTについては

「科学性のヒエラルキー(ABA自閉症療育のエビデンス3)(https://en-tomo.com/2020/03/28/hierarchy-1/)」

「準実験/RCT /メタ分析/系統的レビューの解説(ABA自閉症療育のエビデンス4)(https://en-tomo.com/2020/03/28/hierarchy-2/)」

を参考


JASPERについてエビデンスヒエラルキーは低い位置にあると言っても上のイラストで記載したメッセージ、このような正義を掲げたJASPERは無視できない。

「障がいの重い子どもたちへの早期療育の方法を探っていくこと」はページタイトルにも記載したが今後の1つの大きな研究課題であろう。

※誤解がないように書いておくが「早期療育」とカテゴライズされる研究ではあまり取り扱われてこなかっただけであって、障がいの重い人に対しABAは「単一事例研究(SCD)」によってエビデンスを示してきた経緯があり効果がないわけではない

※「早期療育」とカテゴライズされる準実験やRCTと言った人数の多い統計比較を行うような研究ではほとんどにカットオフ基準などが設けられ、障がいの重い(例えば、無発語や低いIQ)お子さんは研究に参加していないことが多い



重度自閉症児に行われなかったABA早期自閉症療育研究

障がいの重いお子さんに対しそもそもABAの「早期療育研究」はほとんど行われてきていない

「ABA早期自閉症療育研究」は十数人もしくは数十人のお子さんを集め「介入前」と「介入後」でIQなどを統計比較し、数値の変化から「効果があった、なかった」と結論付ける研究である。

私見になるが障がいの重いお子さんを持つ親御様に「科学的にABAはIQの改善などのエビデンスがある」と伝え、

例えば「O. Ivar Lovaas、1987年(ABA自閉症療育のエビデンス2)(https://en-tomo.com/2020/03/22/o-ivar-lovaas1987/)」

で紹介した有名なLovaasの1987年の研究を引用し「自閉症児にABAはIQを上げる効果がある」と説明することは研究内容を読み違えていると思っている。

確かに1987年のLovaasの研究ではABAを長時間受けた子どもはそうでないグループのお子さんと比較しIQを上げた。

しかし障がいの重い(具体的にはIQ40以下参考 O. Ivar Lovaas, 1987)子どもは研究から除外されており、重度自閉症児の親にそう伝えるのは正確ではない



障がいの重いお子さんにABAは意味がないのか?

障がいの重いお子さんの場合に仮にABA療育を週に25時間以上2年間行い、結果統計的に「療育前と療育後」でIQに有意な変化が無かったとしても療育手法としてABA以外の代替手段で何の療育手法がABAよりも有効なのだろうか?

私もいろいろ文献は読んできたとは思うが「ABA療育と比較して、ABA療育よりも有効」という支援方法は知らない。

※そのような療育手法があることを知っている人は、是非教えて欲しい

ABA療育は障がいの重いお子さんに対してまだ統計上の有意差が出るほど強力な変化を生むことは難しいかもしれないが、かといって他に研究を通し有効である手法も知らない。

私は障がいの重いお子さんに対してLovaasの行ってきたEIBIで使用するDTT(離散型試行訓練:discrete trial teaching)を行うことも多いのだが、

DTTを通して実際に障がいの重いお子さんも知識を得たり、発語が可能になることは私自身が療育を行う中で体験してきた。

※DTTについては「EIBIの特徴とDTTの解説(ABA自閉症療育のエビデンス6)(https://en-tomo.com/2020/03/31/dtt/)」を参照

DTT以外にPRTの手法や機能分析による介入など、ABAの手法で障がいの重いお子さんに対しても支援できることは多い



ABA自閉症療育、JASPERのRCTパイロットテスト

話を戻し冒頭紹介したGoods KS他(2013) の研究には15人自閉症児が参加した。

平均年齢は51.9か月(4歳台)、精神年齢は15.45ヶ月(約1歳ちょっと)で発達指数は31.81(約2歳半)であった。

JASPERグループに7人、対照グループに8人がランダムに割り当てられたが最終的に研究を終えたのはJASPERグループでは6人、対照グループでは5人であった。

研究では12週間で合計24回の介入が行われた。

介入を行なったのは教育心理学の大学院生であった。

研究の結果、子どもが行う自発的な遊びの多様性や子どもがジェスチャーによって人と関わろうとすることが増加したが

JASPERの名前の由来になっている「JA」の部分にあたる「joint attention(共同注視)」については改善が見られなかったようである。


JASPERのRCTパイロットテスト研究、検索すると読めます


面白いJASPERのRCT

先に紹介したGoods KS他(2013) の研究は参加人数が少なかった。

次に紹介するJASPERの研究はConnie Kasari・Amanda Gulsrud・Tanya Paparella・Gerhard Hellemann・Kathleen Berry(2015) が行ったかなり人数の多いRCTである。

Connie Kasari他 (2015) に研究参加したのは合計86人の子ども(平均年齢平均31.5ヶ月)とその親であった。

この研究ではこの研究を行う同時期に同じ大学機関で行われていた他の介入研究に参加している人たちを「JASPER有り/JASPER無し」にランダムに振り分けた。

既に療育を受けている人たちを対象に、既存の療育を継続しながら「JASPER有り/JASPER無し」にランダムに振り分けてJASPERの効果を見ようという研究のデザインは非常に面白い


大学機関で既に別の療育を受けているお子さんを43人ずつJASPER有/無に分けた。
JASPERを受けている間も、子どもたちは別の療育を続けた

研究では10週間、週1時間(30分を2回)両親と専門家で1:1の会議を行った。会議では毎週特定のトピックを扱い、両親は自分の子どもの発達への質問を直接尋ねることができた。

彼らはこの時間の中でJASPERについて親にコーチングしJASPERを教わった親が日常の中で子どもに介入を行った。

研究中、親は非常に効果的に子どもたちと上手に遊ぶことができた。



研究の結果JASPERを受けたグループの子どもは遊びの幅が広がっただけでなく10週間後には、人との関わりを持つことが2倍以上になり、効果が大きかったことが示された。

また最初に紹介したGoods KS他(2013) の研究では示されなかった「joint attention(共同注視)」も有意に改善した。

またJASPERを受けたグループの子どもたちは教師と教室でより深く関わるようになった

この研究結果から解釈すれば、JASPERはお子さんが人への関わりを増やす療育手段と言えるだろう。

ただし1つの研究結果から断定することは危険であるため、追加の研究が期待される。



JASPERの日本語書籍

2020年6月14日現在、AmazonなどでJASPERの日本語マニュアルを検索したが、残念なことに日本語のマニュアルは見当たらなかった。



さいごに

このブログは2020年に書いている。

私も勉強途中で知らないことも多い。

紹介したESDMやJASPERについては特にまだ具体的な方法をほとんど知らないと言っても良い。

この後も勉強を続けていく中でわかることが増えてきたとき、ESDMやJASPERについて続きを書こうと思っている。


ここまで長かったABA療育の効果についてのエビデンスは一旦終えようと思う。

次のページではもう少し話を拡大し家族間で生じるストレスなどのエビデンスを紹介する。



【参考文献】

・ Connie Kasariのホームページ

http://www.kasarilab.org/treatments/jasper/

・ Connie Kasari・Amanda Gulsrud・Tanya Paparella・Gerhard Hellemann・Kathleen Berry(2015) Randomized comparative efficacy study of parent-mediated interventions for toddlers with autism.  Journal of Consulting and Clinical Psychology Jun; 83(3) p554–563.

・ Goods KS・Ishijima E・Chang YC・Kasari C (2013) Preschool Based JASPER Intervention in Minimally Verbal Children with Autism: Pilot RCT. Journal of autism and developmental disorders May, Volume 43, Issue 5, pp 1050–1056

・ O. Ivar Lovaas (1987)Behavioral Treatment and Normal Educational and Intellectual Functioning in Young Autistic Children. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 55(1) p3–9.