
自閉症や発達に遅れのあるお子様へ療育を通して何かを教えるとき、
どういったことを教えるというイメージがありますか?
これは私見ですが、多くの人が持つ印象は「今、周りの子と比べてできないことをできるように教える」という視点から考えてしまうことが多いように思います。
例えば「名詞を知らないので、名詞を教える」とか「話せないので、お話ができるようになる」とか「ハサミが上手く使えないので、ハサミをうまく使えるようにする」とか「遊びに参加できないので、遊びに参加できるようになる」などでしょうか?
個人的に思うことは、これは「今、マイナスになっていることを0に近づける」という視点のように感じています。
しかし療育で教えていくべきスキルは「今、マイナスになっていることを0に近づける」という視点からみたものだけでしょうか?

もちろん今、上手く行うことができないをできるようにすることも大切でしょう。
周りのお友達ができることを教える、遅れが少なくなるように教えていくことも大切です。
でも、もう一つ、別の視点からも教えるスキルを考えてみることをお勧めします。
それは「0からプラスにするスキル」と言って良いでしょう。
それはどういったスキルでしょうか?
本ブログページではこのことについて書いていければと思います。
0からプラスにするスキルの視点

「0からプラスにするスキル」とはいったいどういったスキルでしょうか?
ちなみに「0からプラスにするスキル」は造語ですので、特に本ブログ以外の本などで目にすることはないでしょう
同じように「マイナスになっていることを0に近づける」も造語です
私の思う「0からプラスにするスキル」は2つに分けて考えることができます。
1つ目は「周囲から好かれるスキル」、そしてもう2つ目は「ドロップアウトのリスクを下げるスキル」です。
1つ目と2つ目は重複している点もあります。
「周囲から好かれるスキル」は同時に「ドロップアウトのリスクを下げるスキル」にもなるでしょう。
お子様が幼児期なのか、小学生なのか、中学生なのか高校生なのか?
はたまた大人でも良いですが、その人がどういった生活年齢のステージ、そして発達段階のステージに存在しているかによって「周囲から好かれるスキル」、「ドロップアウトのリスクを下げるスキル」の内容が変わってくるでしょう。
そのため、本ブログページではそれぞれのスキルのニュアンスをお伝えできればと考えています。
以下、「0からプラスにするスキル」として「周囲から好かれるスキル」、「ドロップアウトのリスクを下げるスキル」について見ていきましょう。

周囲から好かれるスキル
確かに今、上手く行うことができないをできるようにする上で書いた「今、マイナスになっていることを0に近づける」というスキルを上げることでも、周囲の人から好かれることに繋がる可能性があるでしょう。
しかし少し発想を転換し、周囲から好かれるスキル、相手から「あぁ、こいつ良い奴だな」と思ってもらえるスキルを積極的に教えて行く、ということも大切です。
周囲から好かれるスキルとは、どういったスキルがあって、関わりを持つことができれば相手は嬉しいでしょうか?
あなたが人からどのように関わられたら嬉しいかイメージしてみてください。
例えば、
・ 「すごいね」や「かっこいいね」などと言ってくれる
・ 「頑張れ」などと応援してくれる
・ 「ありがとう」など、感謝を述べられる
・ 「ごめんね」など謝罪できる
・ 「良いね」や「僕も好き」などと共感できる
上の例の中に「今、マイナスになっていることを0に近づける」というスキルと捉えられそうなものも混じっていますね。
例えば『「ごめんね」など謝罪できる』は「ごめんねと言うことが、今できない」という視点で見れば「今、マイナスになっていることを0に近づける」スキルと呼ぶこともできるでしょう。

「どちらかのスキルに分類すること」が目的ではありません
ただ、何のスキルを教えるか選定するとき、
本ブログページでご紹介をしているように「0からプラスにするスキル」を意識し教えて行くことはいかがでしょう?
本ブログの最初の方でお子様が幼児期なのか、小学生なのか、中学生なのか高校生なのかによってスキルは変わると書きましたが、
もっと年齢が上がった場合、特に小学生高学年以上の場合は大人でもそうですが「現行一致(げんこういっち)」のスキルなども大切なように感じています。
「現行一致」とは言葉に出したことを、一致させる(言った通りに行動する)スキルです。
言ったことと行動が一致しないことが続くと結果的に「嘘をついた」ということが多くなってしまって、周囲からの信頼をなくしてしまうかもしれません。
また「今、マイナスになっていることを0に近づける」という視点だけではなく「周囲から好かれるスキル」を積極的に療育で教えて行くことのメリットを考えてみましょう。
ABAを通して考えたとき、1つのメリットは「周囲からのアクセスが増える」ということが期待できることです。
大河内 浩人 (2007) は行動分析という学問をあえて一言で表すことを試みるのならばそれは「個体と環境との相互作用を明らかにする学問」だと述べました。
行動分析とは英語にすると「Behavior Analysis」です。
本ブログのテーマであるABAは「Applied Behavior Analysis」のそれぞれの単語の頭をとった略語になります。
ABAは「Behavior Analysis」を人間に応用(Applied)した学問ですので、ABAも「個体と環境との相互作用を明らかにする学問」であると言えるでしょう。

上の大河内 浩人 (2007) が述べていることは個人的に正しいと感じています。
ABAでは「個体と環境との相互作用によって学習が進む」と考えるのですが、言い換えれば、
環境と関わり合う中で生じる結果の中で学習が進むということです。
ABAでは、環境との関わりは「学習機会」であると言えるでしょう。
そのため環境側からのアクセスが多いことは学習機会が多い、とも言い換えられます。
周囲の人も環境です。
ですから、人と関わることが多いということは学習機会の増加(変化を促すチャンスの増加)と言い換えられます。
「学習」とは一般的には「成長」のように捉えられるかもしれませんが、ここで言う学習は「変化」と思ってください。
そのため最悪の場合はネガティブな方向への変化も学習でありえることへの注意は必要です。

ただ私はそれを差し引いたとしても「人と関わることが多い」、「学習機会が多い」ということは、
発達に遅れのあるお子様、自閉症児にとって良い環境であると感じています
「周囲からのアクセスが増える」ということはすごく些細なことでも良いでしょう。
例えば「友達からあいさつしてくれる確率が上がる」とか、「笑顔で接してくれる頻度が上がる」でも良いのです。
これはお子様に関心を示してくれる機会が増える、と言って良いでしょう。
「お子様に関心を示してくれることが増える」ために必要なスキルは何か?という視点から、
「周囲から好かれるスキル」として考え、教えるスキルを選定することはいかがでしょうか?
一応書いておく
また一応、書いておきますが、私は世界に存在する人から好かれる、愛されることが必ずしも幸せとは思っていません。
だから「世界に存在するすべての人から好かれる、愛されるようになれ」ということはルールとして教えなくても良いと思っています。
ただ特に幼い間はそのことは強く意識して生きなくても良いのではないかというのも本音です。
だから「世界に存在するすべての人から好かれなくても良い、愛されなくても良い」とまで教えなくとも、
「世界に存在するすべての人から好かれる、愛されるようになれ」ということもルールとして伝えなければ良いと思います。

ドロップアウトのリスクを下げるスキル
「0からプラスにするスキル」の2つめは「ドロップアウトのリスクを下げるスキル」です。
「ドロップアウト」とはどういった意味でしょう?
本ブログページではドロップアウトを「一般的な社会生活から外れてしまう」ということを意味した言葉と捉えてください。
「一般的な社会生活から外れてしまう」ことは悪であるとは決して思っていません。
しかし、本人や周囲が意図せずドロップアウトが生じてしまうことがあります。

「0からプラスにするスキル」はそのような意図しない「ドロップアウトのリスクを下げるスキル」です
例えばドロップアウトを日常の中で想像したとき、例えば「不登校」や「引きこもり」がそれに該当するでしょう。
※ すべての不登校者、引きこもり者がドロップアウトした状態であるとは思っていませんが・・・
例えば「不登校」で考えてみましょう。
文部科学省の「不登校の現状に関する認識」というパンフレットによれば、文部科学省の不登校調査では、
「不登校児童生徒」とは「何からの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」
と定義されます。
宮下 照子・免田 賢 (2007) は不登校の種類を6つのタイプに分類しました。
(1) 学校に行くことに恐怖を感じており、母子分離不安や学校に行こうとすると身体症状が生じ登校できないことが原因となるパターン
(2) 学校でのいじめや暴力行為が原因となるパターン
(3) 学校に行くことを怠りずる休みをしていることが原因のパターン
(4) 学習面でのつまづきや人間関係のトラブルが原因のパターン
(5) 子どもへの虐待や育児放棄が原因のパターン
(6) 「登校しない生き方」を本人、家族が選択したことが原因のパターン
宮下 照子他 (2007) は以上のように不登校を以上6つのタイプに分けた上で、不登校全般への対応について、こうすればよいという一般的対応はないであろうしすべて一定のやり方で行おうとすることは危険であると述べていますが、
不登校がドロップアウトの一例であり、ドロップアウトを防ぐことを意識したとき、以上の情報は有益です。
例えば「(2) 学校でのいじめや暴力行為が原因となるパターン」や「(4) 学習面でのつまづきや人間関係のトラブルが原因のパターン」の場合、
日頃から園や学校生活でネガティブなことがあったときに報告できるスキル、環境を整えておくことはドロップアウトする確率が上がってきたタイミングのセーフティネットとなる可能性があるでしょう。
日頃から園や学校生活でネガティブなことがあったときに報告できるスキル、環境を整えておくこと以外にも、
「(2) 学校でのいじめや暴力行為が原因となるパターン」の場合は「やめて」と相手にしっかりと主張できるスキルや教師に助けを求めるスキルを持っていることは有用だと思います。
また「(4) 学習面でのつまづきや人間関係のトラブルが原因のパターン」の場合は小学校入学前に国語、算数などについて事前に幼児期から教えておき、勉強の見通しをつけておく(「あぁ、これやったことあるから分かるわ。知ってる」とお子様が思う)こともお子様によっては大切かもしれません。
このように「ドロップアウトのリスクを下げるスキル」を意識して「0からプラスにするスキル」として捉え、将来のリスクを下げることを目的として療育を行うことはいかがでしょう?

上のサムネイルイラストの「ABAを用いたアスペルガー・ADHDの小学生不登校児支援、学校へ行こう(ABA:応用行動分析コラム17)(https://en-tomo.com/2021/06/11/aba-school-refusal-intervention/)」ブログページは、不登校支援の論文をご紹介しています。
ただそうなる前、「ドロップアウトのリスクを下げるスキル」を意識して「0からプラスにするスキル」として捉え、将来のリスクを下げることを目的として意識して保険を打って療育を行うことも個人的にはお勧めです。
そして前項でご紹介した「周囲から好かれるスキル」は個人的には「ドロップアウトのリスクを下げるスキル」としても機能すると感じています。
例えばドロップアウト、「不登校」を防ぐ理由として友達と関わるのが楽しいなど、「学校が楽しい(だから学校に行きたい)」というモチベーションは大切です。
「なんとなく親に言われてるからとか、それが一般的に普通だから学校に行っている」という場合と比べ、「学校が楽しい(だから学校に行きたい)」モチベーションを持っている場合、
その「好きな学校に行けなくなるかもしれない」という事態は本人にとっても弊害となるでしょう。

本人にとって弊害となるということは「学校に行けないこと」が本人にとってなんとか解決したい問題となる、ということです
このような心持ちがあることはドロップアウト、「不登校」を防ぐことに貢献すると思います。
本ブログでご紹介してきたように、「今、マイナスになっていることを0に近づける」という視点で教えて行くスキル選定をするだけでなく、「0からプラスにするスキル」も意識して教えて行くスキル選定をすることを意識してみてはいかがでしょうか?
さいごに
本ブログページでは「今、マイナスになっていることを0に近づける」という視点で教えて行くスキル選定をするだけでなく、「0からプラスにするスキル」も意識して教えて行くということについて書いてきました。
本文中にもありましたがご紹介した2つについては重複している点もあります。
そして「今、マイナスになっていることを0に近づける」という視点で教えて行くスキル選定も「0からプラスにするスキル」も、
例えば『「ごめんね」など謝罪できる』は「ごめんねと言うことが、今できない」という視点で見れば「今、マイナスになっていることを0に近づける」スキルと呼ぶこともできると思うものの、
「どちらかのスキルに分類すること」は本ブログページの目的ではありませんでした。
お子様に教えるスキルを選定するとき「何を教えれば良いか」ということは悩む1つの点かもしれません。

最初に書いた私見ですが、スキル選定を考えたとき、多くの人が持つ印象は「今、周りの子と比べてできないことをできるように教える」という視点から考えてしまうことが多いように思います。
例えば「名詞を知らないので、名詞を教える」とか「話せないので、お話ができるようになる」とか「ハサミが上手く使えないので、ハサミをうまく使えるようにする」とか「遊びに参加できないので、遊びに参加できるようになる」などですか?
このような視点は「今、マイナスになっていることを0に近づける」という視点のように感じているのですが、
本ブログページでご紹介したように「0からプラスにするスキル」も意識して教えて行くということを意識することはいかがでしょう?
本ブログページは「ABA自閉症療育テクニック」の章として書いているページです。
「ABA自閉症療育テクニック」では明日から使えるだろうと思う内容を書いている章となります。
よろしければ是非、「0をプラスにするスキル」も意識してみて下さい。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
【参考文献】
・ 文部科学省 「不登校の現状に関する認識」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/futoukou/03070701/002.pdf
・ 宮下 照子・免田 賢 (2007) 新行動療法入門 ナカニシヤ出版
・ 大河内 浩人 (2007) 「大河内 浩人・武藤 崇 編著 行動分析 ミネルヴァ図書 p1-12」