言葉を話さない人がモノを知っていることをどう証明する?(ABA自閉症療育での行動の見方16)

本ブログページで扱っている自閉症児で無発語と言われる言葉を話さないお子様にあなたは出会ったことがあるでしょうか?

自閉症は言葉の遅れはあると言われるものの、自閉症の診断基準には「言葉を話さないこと」は定義されていません。


例えばWHOは最新のICD-11において自閉症を、

自閉症スペクトラムは社会的相互作用や社会的コミュニケーションを開始・維持する能力に持続的な障がいがあり、年齢や社会文化的背景から見て明らかに非典型的または過剰な、制限された反復的で柔軟性のない行動パターン、興味、活動を特徴とする

と定義しました。

※ WHOのリンクは2022年3月18日に確認


上に書かれている定義のように「自閉症 = 言葉を扱えない」という認識は誤りではありますが、

・ 自閉症と診断されたお子様の中で発声を伴う言葉の使用が無い(もしくは極端に少ない)

・ 言葉の理解がない(相手からの指示を理解していないように見える、もしくは理解できていることが極端に少ない)

お子様もいらっしゃいます。


特に知的障がいを伴うと診断されている場合はそのようなことが生じる可能性がありますが、では子どもはどの程度のことができるのかと言えば、

3歳児のお子様の特徴としてDee C. Tay (2016) 「3〜6語文からなる文章を話す」ことや「3ステップ以下の簡単な指示に従う」と述べました。


Enせんせい

但し言葉を話さない、理解を示さないからと言って自分自身の意思を他者に伝えることに興味がないか、他者とのコミュニケーションに対してのモチベーションを持っていないのか、

と言えばそういうことではありません


例えばお子様は癇癪などによって自分の意思を示します

例えばMary Lynch Barbera (2007)言語行動とは言葉を話すことだけではなく、指差し、手話、筆談、またはジェスチャーなどあらゆる種類の非言語的コミュニケーションも含み、癇癪もまた、実はコミュニケーションと言えると述べました。

Mary Lynch Barbera (2007) の述べている言語行動はABAの定義に沿った言語行動の話ではありますが、Mary Lynch Barbera (2007) が述べているよう癇癪も実はコミュニケーションの1つと考えることが可能です。


さてブログタイトルに戻って、言葉を扱えない人がモノを知っていることをどう証明するかを考えて行きましょう。

言葉が扱えない、無発語の自閉症児が例えば「りんご」を知っているかどうかどのように証明し、また教えていけば良いのでしょうか?


教え方は色々な方法があると思いますが、本ブログページでは証明するときの考え方について書いて行きます。

「あぁ、そのように考えて、そのようにお子様が分かっているんだな」と判断する、そういった方法を見て行きましょう。



言葉が扱えない人が「知っている」をどう証明するか?


Enせんせい

言葉が扱えない、無発語の自閉症児が例えば「りんご」を知っているかどうかどのように証明し、また教えていけば良いのでしょうか?

この質問は私が専門家に指導する際たまに聞く質問です


例えば言葉を扱えるということが前提であった場合はりんごを直接、相手に見せて「これ何?」と聞けば良いでしょう。

相手から「りんごでしょ」など答えが返ってくれば知っていると考えることができますし、

「ばななだよ」など返ってくれば「知らない」か「わざと間違った」かどちらかの可能性を考えるフェイズに移行します。


言葉を扱えることが前提であった場合は上のようにして確かめれば良いです。

そして例えば「知らない」のか「わざと間違ったのか」、どっちか判断したければ、

「正解すれば、今日の晩御飯はあなたの大好きなハンバーグにします。これはなんでしょう?」と言ってりんごを直接見せれば良いでしょう。


お子様からすれば「わざと間違える意味がない」状況を作って質問をして、そこで間違えれば「知らない」可能性が優勢となります。

不安の高いお子様の場合や今その言葉を習得中のお子様の場合、「混乱(りんごだったか、ばななだったか、どっちだったか迷っている)」している可能性もあるため、この場合のアセスメント方法については、

『「できない」理由はどんな可能性があり、どうアセスメントするか?(ABA自閉症療育での行動の見方15)(https://en-tomo.com/2022/01/07/possible-reasons-for-failure/)』をご参考ください。


『「できない」理由はどんな可能性があり、どうアセスメントするか?(ABA自閉症療育での行動の見方15)」』のサムネイル

では言葉が扱えない、無発語の自閉症児が例えば「りんご」を知っているかどうかどのように証明し、また教えていけば良いのでしょうか?

どのように証明するか方法を知っていることは大切です。

例えばあなたが毎日お子様の目の前にりんごを持って行って「りんごだよ」と教えていたとしても、それはイコールお子様がりんごを知っているという根拠にはなりません。

※ 知っているだろう、ということは言えたとしても


私たちは相手の頭をパカっと開けて中身を確認したり、またUSBを差し込んで脳内に特定の情報があるかないか確認することはできません。


ではABA自閉症療育ではどのように証明していけば良いでしょうか?

私は説明するとき、次の項で書いている内容で説明を行います。


私たちはイラストのように相手の頭の中を直接は観察できない


言葉が扱えない人でも「知っている」可能性が高いことを説明する

例えばあなたの目の前に3枚のトランプがあることをイメージしてください。

そのカードは全てエースですが「スペード」「ハート」「クローバー」が書かれています。

トランプですので当然3枚のカードの裏側には同じイラストが書かれていて、神経衰弱やババ抜きをするために裏側から透けて表面の柄は確認できません。


「スペード」「ハート」「クローバー」のトランプを全て裏向けた状態をイメージしてください。

そのトランプは誰かによってあなたから見えないところでシャッフルされ、裏から見たとき、どれがどのカードか判別できないよう設定されました。

そして誰かはあなたに「ハートを取ってください」と言ってきます。

あなたはとりあえず3枚の中から1枚選択しますが、3枚とも裏面であるためそれが「ハート」かどうかは運任せです。


このとき「ハート」を選択できる確率に注目しましょう。

3枚中1枚は「ハート」なわけですから、確率は3分の1となり「約33パーセント」となります。


表面を確認したとき「ハートのエース」だったとしましょう。

あなたは約33パーセントを引き当てたのです。


「やったー!当たった」運が良かったですね♪

そしてまたトランプは誰かによって見えないところでシャッフルされ、裏から見たとき、どれがどのカードか判別できないよう設定され、誰かがあなたに「ハートを取ってください」と言ってきました。

3枚のトランプが全て裏面で置かれたこの状況において2回連続で「ハート」を引き当てられる確率は?

3分の1を2回連続で突破しないといけないため、このとき偶然ハートを引き当てられる確率は「3分の1の二乗」で「9分の1」となり、確率は「約11パーセント」となります。


3枚のトランプを裏面にして2回連続で同じトランプを引き当てられる確率はだいたい10回挑戦すれば1回くらいは確率的に引き当てられる、

という結論です。


同じことをもう一度行い、3枚のトランプを裏面にして3回連続で同じトランプを引き当てられる確率はどのくらいになるでしょうか?

3分の1を3回連続で突破するとなると「3分の1の三乗」で「21分の1」で「約5パーセント」となります。

3枚のトランプを裏面にして3回連続で同じトランプを引き当てられる確率はだいたい100回挑戦すれば5回くらいは確率的に引き当てられる確率です。


Enせんせい

この「X回挑戦して、Y回確率的に引き当てられる」という言い回しで実際に目当てのカードを引き当てられたとき、私たちはその現象をどのように説明するでしょうか?

裏面に向けられたトランプから目当てのトランプを引き当てられたとき、私たちは普通そのような現象は「偶然」や「運」という言い方をします


以上の考え方をベースとして、言葉が扱えない人でも「知っている」可能性が高いことを説明していきます。


もし「りんご」「ばなな」「ぶどう」の3枚のカードを言葉が扱えない人の前に表面にして置いて、

誰かがその人に「りんごを取ってください」と言いました。


カードは表面ですがもし言葉が扱えない人がりんごを知らなかった場合、「偶然」や「運」に頼ることと同じ(もしくは近い)状況になります。

その人がりんごのカードを選択したとして、カードは3枚しかありませんからたまたまりんごのカードを取ったのかもしれませんね?

ではそれを3回繰り返してみてください。


もし言葉が扱えない人が3回連続でりんごのカードを選択できたとすれば、それはどのような結論になるかと言えば、

その人が偶然りんごのカードを選択できた確率は約5パーセントであると結論づけられます。


これを裏を返して言い直すと、

95パーセントは偶然ではなかった

という結論を導くのです。


「偶然ではなかったとすれば、では、理由は何かね?」と問われると普通は「りんごを知っていたんじゃない?」という答えになるでしょう。


Enせんせい

これが言葉が扱えない人でも「知っている」可能性が高いことを説明するロジックです


ここまで3回連続でカードを選択するという設定で話してきましたが、例えば4回連続、5回連続で選択できればもっともっと偶然である確率は減って行きます。

例えば4回連続となると「1パーセント」5回連続となると「0.2パーセント」です。


私は3回で確かめることが多いですが、理由があります。

統計学の世界で有意水準という言葉があるのですが、これはさまざまな研究で共通の基準となる確率なのですが、5パーセントまたは1パーセントに設定されることが多いです(山田 剛史・村井 潤一郎,2004)

以上の理由から私は3回確認すれば(慎重なときは4回)良いかなと考えています。



言葉が扱えない人でも「知っている」可能性が高いことの説明の反論

以上、書いてきましたが「りんごを知らない」ことを主張する反論も考えてみましょう。


反論を考えることでさらに深めて行きます

ここまで言葉が扱えない人に対して「りんご」「ばなな」「ぶどう」の3枚のカードを言葉が扱えない人の前に表面にして置いて、

「りんご」を選択してもらうという手続きを3回行ったとき、3回連続で選択できた場合、

その人が「りんご」を知っている可能性が高いだろう、という主張をしてきました。

(95パーセント偶然ではないため知っているのだろうという結論)


反論は「ばななとぶどうを知っていて、りんごは知らなかったけれど、消去法で取れたんじゃないか?」というものが考えられます。

確かにその可能性もあるなと思いますし、実際に言葉が扱えない人は消去法で求められたカードを選択したのかもしれません。


「知っているか/知らないか」をアセスメントする場面でここまで書いてきたような手続きを行うことが多いでしょう。

言葉が扱えない人の「知っているもの」と判断されたカードなどは、以後「知っているもの」として扱い課題の中で出てきます。

これは「偶然の5パーセントを選択した(本当は知らないのに偶然3回連続で引き当てた)」場合のフォローにもなるのですが、

個人的には消去法であっても今後も出てくるので、アセスメントの段階で「知らないもの」を「知っているもの」と判断を間違ってしまっても、

課題の中で再出現したときに「知らなかったんだ」と修正し、必要であれば教えれば良いので、実際上は問題ありません。


それでも「消去法」という疑念を拭いたいのであれば、できるだけ言葉が扱えない人が知らないであろうモノを3つ用意し、選択してもらうようにすれば消去法である可能性を下げることができるでしょう。


他の反論としては1回目(33パーセント)のときにたまたま求められたカードを選択し、求めた側が「正解」などとリアクションをしたことで連続して2回目、3回目も取れたのではないか?という反論もあると思います。

この反論は結構大切にしたいと思っていて、1回目に求められたカードを引き当てられる確率はたった33パーセントのため、くぐり抜けることは難しくないでしょう。


そのときアセスメント側が大きくリアクションを取ってしまったりして、本当は言葉が扱えない人がりんごを知らないにも関わらず、とりあえず同じ絵柄のカードを取り続けるということが生じるかもしれません。

ではどうやってこれを防げばいいのか?


個人的にお勧めの方法は以下の2つです。


・ 「りんご」「ばなな」「ぶどう」の3枚のカードをそれぞれランダムに3回ずつ選択させる

・ 正解しても不正解だったとしても「うん、頑張ったね」という


になります。


「りんご」「ばなな」「ぶどう」の3枚のカードをそれぞれランダムに3回ずつ選択させるというのは、


1トライアル目:りんご

2トライアル目:ぶどう

3トライアル目:ばなな

4トライアル目:ぶどう

5トライアル目:ばなな

6トライアル目:ぶどう

7トライアル目:りんご

8トライアル目:ばなな

9トライアル目:りんご


と言ったように3枚のカードを使ってそれぞれ3回ずつ選択させるようにします。


「連続して」ということを条件から外すことで、上の方で書いた、


他の反論としては1回目(33パーセント)のときにたまたま求められたカードを選択し、求めた側が「正解」などとリアクションをしたことで連続して2回目、3回目も取れたのではないか?


反論から生じることを防げるでしょう。


加えて正解しても不正解だったとしても「うん、頑張ったね」ということでリアクションが統制され、『「正解」などとリアクションをしたこと』から来る内容も防げるのです。

私はアセスメントを行うとき、以上のことを意識しながら行っています。


客観的なデータから「知っている/知らない」を判断してABA自閉症療育を行っていきましょう


さいごに

本ブログページでは「言葉を扱えない人がモノを知っていることをどう証明するか?」ということをテーマに書いてきました。

本筋は確率論に頼って、

その人が偶然目当てのカードを選択できた確率が約5パーセントしかないため、知っている可能性が高いだろう

という論です。


その後、そのことに対する反論も考えてきましたね。


反論の1つ目は「消去法で選択できただけじゃないか?」ということでした。

本ブログページでも書きましたが、今後「知っているもの」として課題の中で出てくるため、別に消去法で選択をしており、一旦は「知っているもの」としてアセスメントされたとしても基本的には問題ないと思っています。

その場合はのち課題に「知っているもの」として出現した際、正答率が悪いことが確認されたとき、「知らないもの」として扱い、必要であれば教えていけばいいのです。


反論の2つ目は『求めた側が「正解」などとリアクションをしたことで連続して2回目、3回目も取れたのではないか?』というものでした。

この反論は私は気をつけています。

確率論以外の要因、アセスメント側のリアクションは確かに確率論を歪める要因となるでしょう。


対策としては2点


・ 「りんご」「ばなな」「ぶどう」の3枚のカードをそれぞれランダムに3回ずつ選択させる

・ 正解しても不正解だったとしても「うん、頑張ったね」というなどリアクションを統制する


をご紹介しました。


本ブログページでは言葉を扱えない人を対象に考えてきましたが、本章次のブログページでは機能的に行動をまとめる見ることについて書いて行きます。



【参考文献】

・ Dee C. Tay (201) A Therapist’ s Guide to Child Development 【邦訳: (監訳)小川 裕美子・野沢 貴子 (2021) セラピストのための子どもの発達ガイドブックー0歳から12歳まで:年齢別の理解と心理的アプローチ 誠信書房】

・ WHO ICD-11 6A02 Autism spectrum disorder
https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http://id.who.int/icd/entity/437815624

・ Mary Lynch Barbera (2007) The Verbal Behavior Approach 【邦訳: (監訳)杉山 尚子 (2021) 言語行動 VB指導法 発達障がいのある子のための言語・コミュニケーション指導 学苑社】

・ 山田 剛史・村井 潤一郎 (2004) よくわかる心理統計 ミネルヴァ図書