相手(お子様)の立場に立って療育対応を考える(ABA自閉症療育テクニック33)

今回のブログ記事ではタイトルにある「相手(お子様)の立場に立って療育対応を考える」ということを考えていきたいと思います。


Enせんせい

一応、このページが本ブログ初めての方のために書いておくとブログはABAを用いたお子様に対しての療育ブログとなります。

ABAとは日本語で「応用行動分析学」と呼ばれる心理学の一種で「学習理論」の基づいて行動を理解しよう、そして行動の問題を解決しよう、ということを目指した理論です。


私自身が思っている大前提としてそもそもABAとは「無から何かを生み出した」ものではなく、昔から日常の中にあった事象を理論的にまとめたものです。

そしてその理論的にまとめられたABAを体系的・戦略的に対人支援(例えば自閉症のお子様への療育)に使用して行くことで効果が確認され、今や発達障がいのお子様に対しての主要な療育方法となりました。


上で『ABAとは「無から何かを生み出した」ものではなく』と書きました。

例えばヒトという種がこの世界に誕生したとき、ヒトが発見する前からこの世界には「酸素」がありました。

そののち、ヒトは「酸素」というものを「発見」するのですが、酸素は「ヒト」が作ったものではありませんね。

ABAも同じようにそれまでもあった人間の行動原理を「発見」し、応用できるものに発展させた、というイメージです。


以下本ブログ記事の本題「相手(お子様)の立場に立って療育対応を考える」について書いていきましょう。


相手(お子様)の立場に立って療育対応を考えることは大切


ABA療育で相手(お子様)の立場に立って療育対応を考える

お子様は5歳ですが言葉の発達に遅れがあり、発達検査では3歳ちょうどくらいの言葉の発達段階であると結果が出ており、日常的には簡単な意思疎通を言葉で交わすことができました。

お医者様からは「自閉症」という診断も受けています。


例えばお子様は「やだ」と言葉で伝えることができましたが、お母様が「どうしていやなの?」と聞くいても「いーやだ」と理由を話すことはできません。

そして、お母様が伝える「○○だから、△△したらダメでしょ?」という言い回しの理解は難しいようで「△△はだめ」という言い回しは少しわかっていそう、といった感じです。


お野菜を食べるようにお母様が促すと泣きじゃくり癇癪を起こすことでお母様はお困りになっておられました。

お母様としては健康面を考えたら、やはり野菜は食べて欲しいという気持ちがあります。

そのためお子様が嫌がっても「食べなさい」と言って野菜を差し出し、食べさせようとするのですが、そうする中で癇癪が強くなって行って机の上に出ているお皿を振り払って床に食事を落とすことも見られるようになって来ました。


とのことで、

お母様は「せっかく時間をかけてこの子のために作った食事」を机からなぎ払うように落とされることに大変、気持ちが消耗されているご様子でした。


私に尋ねて来ました。


このようなとき「ABA的に考えるとそれは・・・」と解説することもできますが、

例えば、以下のような内容です。


以下お子様のお名前は「たろうくん」とします。


事実として、たろうくんはお野菜が嫌いなんですよね

たろうくんが自分の嫌悪的なものを食べるように促されると、抵抗を示す、ということについて私自身も共感はできます

「好きな人が作ってくれた」とか、「友達とご飯を食べに来ていて場の空気を乱さないために」とか、場の雰囲気に合わせて自分の嫌悪的なものを食べることはあるけど、

それは大人になった今だからであって、自分も子どもの頃に嫌いな食べ物を食べるように促されると「食べたくない」とか「それはいらない」と親に言ったかもしれません


その上で、今、たろうくんは言葉があまり得意ではない、ということがあります

言葉があまり得意ではない、ということもあって、態度や行動で示すしかお母様に伝える方法がない、とすれば、私がたろうくんでもそのようにするかもしれません


もしかするとある日、抵抗を示すと食べなくて良くなった日があった

たろうくんから見れば目的が達成された日でした

それは、「頑張って抵抗すれば食べなくて良い」ということを学んだ日だった


たろうくんが抵抗を示しても、お母様も頑張って食べさせてきたかもしれない

でもそれを毎日続けることは難しい

ある日は食べさせようと頑張れない

それはそうで、お母様自身が体調がすぐれない日や気持ちのコンディションが悪い日があって「食べさせなきゃ」と思っていても、気持ちが折れてしまう日もあったと思います

だから、たろうくんの抵抗が成功し「頑張って抵抗すれば食べなくて良い」と学んだ日があったことは普通で、お母様が悪いというわけでもない

私も「痩せなきゃ」と思っていても痩せることと真逆のことをする日もあるし、人間はそんなもんだと思います

毎日毎日、同じモチベーションを持って頑張ることは難しい


たろうくんはある日、別のことにも気がついてしまった

今回たろうくんの気がついたことは怒りがあって狙ってやったのか、たまたま手に食器が当たってお皿が床に落ちたのかはわからないけど、お皿を振り払って床に食事を落とすと野菜を食べなくてよくなる確率が、普段通りに抵抗を示したときよりも高いということ

たろうくんはまだ「確率」という言葉は知らないと思うけれども、体感として、こうしたら野菜を食べなくて良いんだ、ということに気がついて抵抗の方法も上手くなって行った

それが最近、経験の中で蓄積されて来て机の上のお皿を落とすことも増えて来た原因かもしれない


一方でお母様からすると、「せっかく時間をかけてこの子のために作った食事」を机からなぎ払うように落とされたときにものすごく悲しい顔をしているのに、

もしかしたら泣いた日もあったかもしれないけれど、そんな私の様子を見てもその行動をやめないたろうくんに「どうしてだろう」と、いう気持ちになるのもとてもわかる


そのことについてはたろうくんから見れば、好きじゃない野菜を食べないためにどうすれば良いかに集中してることと、まだあまり相手の表情を読み解くことが上手くない、ということが重なって、お母様の表情にまで気が回らない、または気がつけない、という状況なのかなと思う

私はたろうくんがお母様が嫌いで、悲しませたい、と思っている、とは思わない


上は概要です。


もちろんお母様へもお話を振り、ご様子やお気持ちを聞きながら行っていきますので、上はお話しする大筋のストーリーの概要を書いたものだと思ってください。

お母様から見たとき、たろうくんの健康面を気遣って野菜を食べさせようという想いがありました。

そしてそれは「健康に子どもを育てないといけない」という義務感だったかもしれません。

一方でたろうくんから見れば「どうして食べたくないものを無理に食べさせるのだろう?」と思い抗った結果、どう抵抗を示せば食べなくて良いかを探り上手くなって行って今に至っている、ということかもしれません。


Enせんせい

例えば上の内容で言えば「偏食指導」の手続きが参考になると思います。

「(ABA自閉症療育の基礎100)自閉症児に対しての偏食指導ーABA自閉症療育手続き(https://en-tomo.com/2022/09/09/guidance-on-resistance-to-food/)」

「(ABA自閉症療育の基礎101)自閉症児に対する偏食指導ー食べることができるタイミングやシチュエーションがある場合の手続き(https://en-tomo.com/2022/10/07/expanding-the-eating-environment-for-children-with-autism/)」

「(ABA自閉症療育の基礎102)自閉症児に対する偏食指導ーいろいろなシチュエーションで食べることが難しい場合の偏食指導の手続き(https://en-tomo.com/2022/11/25/expanding-the-eating-for-children-with-speech-delays/)」

「(ABA自閉症療育の基礎103)自閉症児に対する偏食指導ー偏食指導のコツやポイント、お子様の気持ちに共感する(https://en-tomo.com/2023/01/06/eating-problem-guidance-tips/)」

これらは過去に書いた偏食指導のブログ記事です。


Enせんせい

ちなみに上で書いたエピソードですがABAの用語で書き直すと例えば以下のように記述できます。


お子様が抵抗感が強い野菜を食べることを母親が求めた(先行状況)際、お子様は逃避行動として泣いて癇癪を起こした

逃避行動が成立する日もあり、お子様が野菜を食べることを求めた際の抵抗は強化された

また逃避行動は強化される日、強化されない日があるので、間欠強化スケジュールとなっており、お子様の逃避行動は消去もされにくい状況である可能性がある

またお子様は逃避行動の最中、消去バーストが起こり、消去バーストに伴う一時的な行動変化の中で机からお皿を落とすという行動レバートリーを示した

消去バースト中の机からお皿を落とすという行動に伴い、瞬時に先行状況が停止されたことからお皿を落とすという行動は逃避行動としての強化価値を得、
今後、抵抗感が強い野菜を食べることを母親が求めた際に行う逃避行動のレパートリーの一部となり、逃避行動は現在もシェイピングされている

現在の状況は上のようになっている可能性が高い


もう一つ例を見ていきましょう。


癇癪はお母様と2人で歩いていて、療育施設が見えたタイミングで起こるようです。

療育を受けさせたいのにスムースに療育に通えない、癇癪を起こすことで困っていて、私の下に相談にいらしたとします。

お子様は5歳で言葉の発達に遅れはありません。

ただ「ADHD(注意欠陥/多動性障がい)」と診断されており、なかなか1つのことに集中できなかったり、動き回ってしまったり、お友達を叩いてしまう、好きな活動にしか参加できない、ということで困っています。


お子様は療育施設に入るとクツも脱ぎたがらず、先生とお母様でクツを脱がしたとしても、そのまま床に寝そべって動かない、という態度を取るようです。

療育先の先生もなんとかお子様の気を引こうとお子様の好きな音の出るおもちゃを持って来てくれるのですが、少し顔をあげてそのおもちゃを見るものの、「じゃあ、あっち行こう」と言って誘導するとすぐに床につっぷしって動かなくなります。


その療育施設にはまだ2回しか行ったことがないようなのですが、2回とも30分間床に寝転がっていた、ということがあり、先生とも相談して「療育先を嫌いになってもいけないので」との理由でそのまま帰宅。

お母様は「嫌いになってはいけないのは理解できるけれども、嫌だからと帰すことで子どものわがままを増強させてしまうのでは?」という疑問も持ち、どうするべきか悩んで、私の下に相談にいらしたとします。


私は最初、お母様に『療育先の先生はお子様の好きな音の出るおもちゃを見せて、どれくらいして、「じゃあ、あっち行こう」と誘導されるのですか?』と聞きました。

すると、お母様は「んー、30秒くらいですかね?」とおっしゃっています。

ここまでが前情報です。


以下お子様のお名前は「たろうくん」とします。

「相手(お子様)の立場に立って療育対応を考える」ことを念頭にこのストーリーを見れば、どういった内容のお話になるでしょうか?


たろうくんが療育施設に行くことをいやがっている

その理由はわからないけれど、もしかすると新しい場所が得意ではないのか、何か気に食わないこと・ものがあったとか色々な可能性があるが、

たろうくんの態度を見ていると、療育施設に行くことはいやなんだろうな、と考えるで一旦は良いと思います


たろうくんからすれば気乗りしない場所にお母様に連れて行かれた

だから、くつも脱ぎたくないし、くつを脱いだら「あー、今から何をされるんだろう」とか「いやなことがあるかもしれない」と思って、床に寝そべると活動がこれ以上進まないことも期待して、そのようにしたんだと思います


すると療育先の先生が「ん?なんだこれは」とたろうくんも気に掛かるおもちゃを持って来てくれた

それは音の出るおもちゃだった

「おー、これは少し楽しそうだな」と思ったかもしれません

そして顔を上げてそのおもちゃを見ていた矢先、

療育先の先生は「じゃあ、あっち行こう」と言っておもちゃと一緒に場所を変えようとしたので「え?」と思って、その場にまた伏せた


1回目に療育へ行ったときもそうだったけど、今回(2回目に行ったとき)も伏せていれば、待つ時間(30分間)は長くて退屈だけれども、この場所(療育先)から出してもらえて、特にいやな目にもあわずに済んだ


お母様はたろうくんは「好きな活動にしか参加できない」とおっしゃっていました

「好きな活動にしか参加できない」というのは、実際にこれまで参加しなかった活動があったからそうおっしゃったんだと思います

周りから見て参加しなかった活動がたろうくん本人の好みの活動ではなさそうだった、だからたろうくんは「好きな活動にしか参加できない」と表現されたのだと思うのですが、

結果的に「特定の活動にしか参加しなかった」と言っても、最初は周りから参加するように促されたはずです


例えば先生から「たろうくんも一緒にやろう」とか「ちゃんとしなさい」とか

そのときもしかすると「いやだ、行きたくない」と言い大泣きをし癇癪を起こしたり、その場に伏せて動かなくなる、ということでこれまでもたろうくんから見れば上手くやって来た感じを持っているのかもしれません

園ではたろうくん以外の園児も活動に参加することも多いだろうから、時間の遂行上、たろうくんが活動に参加するまで全員で待つ、は難しいし、

そうなってくると、参加せずに時間を潰すというたろうくんの取った戦略は、たろうくんから見れば合理的でこれまでも上手くできて来た最良の作戦である、という可能性もあります

伏せて動かなくなっていれば時間が経って活動は勝手に終わっている


上は概要です。


困っちゃいますよね

先ほどのエピソード同様に、もちろんお母様へもお話を振り、ご様子やお気持ちを聞きながら行っていきますので、上はお話しする大筋のストーリーの概要を書いたものだと思ってください。


このストーリーはどうでしょう?

お子様側から見ると少し見方が変わって来てこれまでと違うやり方は思い浮かびますか?


例えば、気に掛かるおもちゃを持って来てたろうくんの気を引くことまでは療育先の先生は成功をしています。

ただ30秒しか見せない、たろうくんが少し顔を上げた程度のタイミングで連れて行こうとしたところがまずかったかもしれません。


例えば音の出るおもちゃで気を引いたとき、「じゃあ、あっち行こう」と誘導するのではなく、「このおもちゃ楽しいね」とか「この曲、良い曲やね」等、たろうくんが答えやすい質問をする。

何度か先生とやりとりをする中でたろうくんの嫌悪性(例えば緊張感)も弱まって行くかもしれません。

その中で「今日はね、向こうでは○○をやるんよ」とか「見てるだけ見てるか?」とか「そのおもちゃも持って行こうか?」とか「先生が今日はずっと横にいてあげよか?」とか、

たろうくんが「向こうに行っても良いかな」という条件を交渉をしながら探して行く、という方向性もあり得るでしょう。



お子様の立場に立って療育対応を考えることで見えてくること

1つ目のエピソードではお母様はたろうくんの健康面を気遣って野菜を食べさせようという想いがありました。

2つ目のエピソードのお母様もたろうくんに苦手なところを克服して欲しい、たろうくんに良くなって欲しい、という気持ちを持っていたことでしょう。

お子様がこういった態度を見せたとき「どうしてたろうくんは私の気持ちに応えてくれないんだろう」とか、「どうしてたろうくんは私の気持ちをわかってくれないんだろう」と思ってしまうかもしれません。


例えば1つ目のエピソードにおいて私は「ABAの用語で書き直すと例えば以下のように記述できます」と述べ、

野菜を食べたくないと抵抗を示すたろうくんの行動の変化をABAの用語を使用して記述しました。

ただABAの記述を使わなくとも「相手(お子様)の立場に立って療育対応を考える」という趣旨でたろうくんの視点から書いた文章を見て「あぁ、確かにたろうくんから見たらそのように見えるかも」、と思ってもらえたかもしれません。


Enせんせい

本ブログ冒頭にて『私自身が思っている大前提としてそもそもABAとは「無から何かを生み出した」ものではなく、昔から日常の中にあった事象を理論的にまとめたもの』と書きましたが、

私自身はABAで紡ぐことのできる分析の全て、とは言いませんが、

少し「相手(お子様)の立場に立って療育対応を考える」というだけでも、お子様への理解を深め、行き詰まっている現在の状況を打開する視点を得るのに大切なアイディアを思い浮かぶことができるんじゃないかと思っています。

そののちABAに慣れて行き、その中でABAの言葉や理論を用ることを練習していき、自分の理論基盤をより強固にしていけば良いんじゃないかなと考えているところです。



ABA(応用行動分析学)の元となっている「行動分析学(Behavioral Analysis)」の主要な心理学者スキナーは科学の実際上の目的は予測と統制だと考えました(参考 William・O’ Donohue・Kyle E. Forguson,2001)


予測と統制を科学の目的だと据えてABAの発展に寄与してきたスキナーですが、ABAを行っていて私自身も必ずしも当たるということではもちろんありませんが、概ねこの先の傾向を予測し、対応策を考えることができると感じています。


Enせんせい

フィクション事例の中であえて出したのですが1人目のエピソードのお子様は「自閉症」で、2人目のエピソードのお子様は「ADHD」と診断がされていました。


「自閉症」「ADHD」「発達障がい」と言っても十人十色でいろいろな性格を持ち、また言葉の発達具合も違うし、好きなこと・嫌いなことも違います。

「スペクトラム」と言う言葉を聞いたことがあるでしょうか?

例えば「自閉症スペクトラム」という言葉があります。


高貝 就 (2016) は自閉症のスペクトラムについて、

スペクトラムとは連続体のことである。例えば光のスペクトラムである虹の色はどこまでが赤でどこまでが黄色といった境界を明確に定めることができず、赤から紫まで徐々に色が変化して行く

自閉症スペクトラム障がいにおいても重症の者から軽症の者まで明らかな線引きなく連続しており、その最も軽い群は、従来から指摘されて来た広範な自閉症発現型に連続的に繋がっていき、
さらにその外側のいわゆる「ちょっと変わり者」、そして定型発達群に連続していく

と述べました。

上の高貝 就 (2016) が述べているように「自閉症」と「定型発達群」と呼ばれる人たちは連続線上に位置しています。


本ブログページで私は「相手(お子様)の立場に立って療育対応を考えるのはどう?」と主張して来たのですが、もし「自閉症」と「非自閉症」という区分けで別のものだと考えたとすれば、


私は「自閉症」「ADHD」「発達障がい」の方々と私自身もスペクトラム(連続体)の延長線上にあり、「自閉症」「ADHD」「発達障がい」の方々が示すその行動は、

私自身も示す(もしくは過去に示したことのある)行動の一部が色濃く残っている状態(それで困っている)と考えています。




さいごに

本ブログを始めた当初、1週間に何本もブログをあげる時期がありました。

その後、毎週金曜日にブログを1本あげるという活動を続けて来ましたが今年(2025年)の4月以降は不定期な投稿が続いています。


今回このブログは久しぶりに書いたのですが、やはりブログを書く活動は楽しいですね。

少し忙しさがあり不定期投稿となっておりますが、また皆様に読んでいただき、感想等をいただけると嬉しいです。


さて、本ブログページでは「相手(お子様)の立場に立って療育対応を考える」ということを考えてきました。

お子様の療育の特に「問題行動」に焦点を当てて本ブログページを書いて来ましたが、相手の立場に立って考えることは問題行動だけでなく、

お子様のスキルアップ(例えばドリルをしてもらうとか、SSTでコミュニケーションをトレーニングするとか)の際にも役に立つと思います。


私は「自閉症」「ADHD」「発達障がい」の方々と私自身もスペクトラム(連続体)の延長線上にあると考えているので、

「自閉症」「ADHD」「発達障がい」の方々が示すその行動は、

私自身も示す(もしくは過去に示したことのある)行動と原因は一緒です。


確かに言葉をある程度自由に使える私たち大人と違い、言葉のまだ幼いお子様の場合は「交渉」と言ったスキルは難しいでしょうし、「頑張った先に時間的に遅れてくるご褒美」を示しても目の前に見えていないということ等で理解が難しく、我慢が大人ほど上手くできないので、直接的に態度や行動でそのときの気持ちや意思を主張してくることはあるでしょう。


ただ、「この子はどうしてそんなことをするの!?」と問われると答えはシンプルで、

と言えると思います。


まずはそのことに共感を示し、そして理解し、「自分だったらどうしたら少しやってみても良いかと思えそうか」という視点から、戦略を練ってみるのはどうでしょうか?



【参考文献】

・ 高貝 就 (2016) 第1章 発達障害の理解と支援 早期発達支援プログラム 【編集 下山 晴彦・村瀬 嘉代子・森岡 正芳 (2016) 必携 発達障害支援ハンドブック 金剛出版】

・ William・O’ Donohue・Kyle E. Forguson (2001) The Psychology of B.F.Skinner 【邦訳: 佐久間 徹 (2005) スキナーの心理学 応用行動分析(ABA)の誕生,二瓶社】