自閉症を持つお子様の中には「新規場面(しんきばめん)」でとても緊張感や不安が上がり、本来の親御様が知っているパフォーマンスを出せないお子様がいらっしゃいます。
例えば、
・ 家では結構話すのに、家以外で特に他の人がいる場所だと話さない(2カ所以上そのような場面が観察されると「場面緘黙(ばめんかんもく)」と言われる)
・ 公園で他のお友達がいるとずっとお母様の後ろに隠れる
・ 初めての場所についれて行く、初めての人と会う、何かやったことがないことをやるように求めるとフリーズするもしくは激しく抵抗(例えば癇癪など)を起こす
などのパターンが当てはまるでしょう。
これは例えば『「普段あまり慣れていない状況」や「初めて出会った新しい状況」に対して、それを避ける形で行動をしている状態』と言い換えることが可能です。
お子様本人はもちろん「緊張感」や「不安」があるので自ら積極的に例えばフリーズすることで場を避けていると考えていないでしょうが、
結果的には「帰ろうか」や「母さんが一緒に行ってあげる」などフリーズしていると周囲からサポートがもらえることがほとんどだと思いますので、フリーズしてサポートを求めたり癇癪を起こしてその場を終了させる行動が自然と強まっていってしまうことになります。
とはいえ「じゃあどうすりゃええねん?」というように感じるかと思いますので、
今日は少し以上のような場合の緊張感や不安の高いお子様にどのように関わっていけば良いのか方法をお伝えして行きましょう
今日は私自身が自閉症児に行っている「エクスポージャー(Exposure)」という不安・恐怖・嫌悪感、そして緊張感に対して行う介入のコツをちょっと書いて行きます。
まずは最初にエクスポージャーについて簡易的な解説を行っていきましょう。
※ 過去にブログ内でエクスポージャーについて専門的に書いているページもありますので、気になる方は検索窓で「エクスポージャー」と入れて検索してみてください
エクスポージャー簡易解説
飯倉 康郎 (2005) は「エクスポージャー」は不適応的な不安反応を引き起こす刺激に持続的に直面することにより、その不安反応を軽減させる支援方法と述べました。
飯倉 康郎 (2005) は「不安」について「エクスポージャー」を述べていますが、私は不安以外にも恐怖、嫌悪感、そして個人的には緊張感についても適用可能な技法だと考えています。
エクスポージャーとは「不安」や「恐怖」や「嫌悪感」、「緊張感」などが本人が受け入れられるレベルまで下がるよう、それらを引き起こす刺激に曝露(さらされる)ことを計画的に行っていく支援方法です。
「不安」や「恐怖」や「嫌悪感」などなどそれを引き起こす刺激に持続的に直面させると次第に減少していく現象は「馴化(じゅんか):Habituation」と呼ばれる現象で説明ができます。
※ 書籍によっては「レスポンデント消去」で説明される
John S March & Karen Mulle (2006) は「馴化」について「習慣化や慣れ、同一刺激の反復提示によって、初めは刺激によって誘発されていた反応が次第に起こらなくなること。単なる適応や疲労の結果ではない」と述べました。
エクスポージャーではこの「馴化」という現象を臨床利用し支援を行っていきます。
難しそうに聞くえるかもしれませんが人は刺激にさらされ続けると順化が生じ、
次第に大丈夫になって行く(受け入れられるようになって行く)ことを狙って行く方法です
例えばあなたがホテルを予約したとき、部屋に入ると少しカビ臭い嫌な匂いが鼻を突き抜けました。
あなたはその部屋で一泊する予定です。
一泊するので就寝までの時間もその部屋で過ごすこととなるでしょう。
1時間もすると、部屋に入ったときに感じたカビ臭さに対する嫌悪感が実は下がってきており、そんなに気にならなくなっている(部屋に入ったときと比べると)ことに気が付きます。
これは匂いに慣れたからです。
つまり「順化」が起こりました。
この現象を臨床応用したものが「エクスポージャー」です。
不安や恐怖、嫌悪感というものも触れ続ける(それに曝され続けると)慣れが生じて大丈夫になっていきます。
ではなぜお子様はずっと緊張し不安がっているのか?
以上のホテルのエピソードを聞けば頭に「?」が付くかもしれません。
あなたのお子様は確かに「新規場面(新しい場面や慣れていない場面)」に直面すると緊張感が高くなり不安が上がった様子を見せるのですが、
何ヶ月もその緊張感や不安が維持している、もしくは更に悪くなっている(高くなっている)ように見えるからです。
あなたのお子様は既に何度も何度も新規場面に出会って来ている(経験している)のに、何故か慣れが生じている様子が見られません。
そのように考えたとき、
「うちの子も何度も新規場面に出会っていますが、どうして慣れていかないんですか?」
このような疑問が出て来るでしょう。
答えは、認知行動療法の言葉を使えば「安全希求行動(安全確保行動):Safety Behavior」、
そしてABAの言葉を使えば「逃避・回避行動(Avoidance Behaiver)」、
ABAの一つであるACT(Acceptance and Commitment Therapy)では「体験の回避(Experiential Avoidance)」と呼ばれるものが関わっているからです。
さて、これらはなんでしょうか?
歴史的な背景なども含めて考えるとそれぞれのニュアンスは少しずつ違うでしょうが、同じようなものと考えてもらっても差し障りないと思います。
例えばTimothy A. Sisemore (2012)は「安全希求行動」は不安な思考や気分の後に生じてくる脅威と思われるものから個人の「安全」を守るように働くため、知覚された危険を避けるように機能する内的活動(internal action)と外的活動(external action)があると述べており、
「内的活動」とは恐怖とは関係のないどこか他の場所にいることを想像したり、何か他のことを考えるなどのことで、
「外的活動」とは例えば車の運転を拒否することやその場から逃げ出すなどがあると述べました。
「外的活動」はイメージしやすいですね?
例えば「新規場面」にお子様が出会ったとき「黙る(フリーズする)」、「癇癪を起こす(その場から連れ出してもらおうと努力する)」、「母親の後ろに隠れる」、「その場から逃走する」などがこれにあたります。
特に「その場から逃走する」、「周囲に助けてもらう」などの行動を取ると上がっていた不安感や緊張感が一気に解消される(目の前からそのようなシチュエーションが消える)ためお子様本人にとってとても意味のある行動でしょう。
しかし親御様はお子様がそのような行動を取ることを望んでいません。
「内的活動」はいかがでしょう?
例えば通園中、お友達に出会うとお母様の後ろに隠れてしまう、引っ込み思案のお子様を想像してください。
その日、お友達は元気にあいさつをしてくれたのですが、お子様は緊張していてあいさつを返しません。
お母様が「お友達があいさつしてるんだから、あいさつをしなさい。もしあいさつをしないと、(帰ってからアイス食べる約束をしていたけど)アイスは無しよ」と言ったとします。
するとお子様は緊張しながらお友達に「おはよう」とお友達に言いました。
このときお子様の頭の中にはどんな考えが浮かんでいるでしょうか?
多分「アイス食べられなくなるのは嫌だから、あいさつをしよう。嫌だけど、お母さんが言うから仕方なく」とか、こういった内容でしょう。
このような思考もTimothy A. Sisemore (2012)の述べている「安全希求行動」の「内的活動」にあたると私は考えています。
嫌なシチュエーションから逃れるために仕方なくやる、といった場合です。
お母様からすると毎日毎日、お友達に会うと自分の後ろに隠れてしまい、お友達があいさつをしてもあいさつを返さないお子様に対して心配もしていますが、すこしヤキモキしているかもしれません。
そのような日が続いていたとき、お母様は「やらないと、帰ってからアイスは食べられない」という魔法のキーワードを見つけました。
お母様自身も今後、同じシチュエーションがあったときにアイスクリームを引き合いに出してお子様に行動させようとすることが増えて行くでしょう。
これは専門的にはお母様側は「負の強化子」を受けたと言えます。
お子様からするとアイスクリームがもらえないから仕方なくあいさつを嫌々やった。
これが真実だとすれば?
本来、狙っていた方向性から徐々にずれていってしまう可能性が高いことに気がついて欲しいです
お母様は本当はお子様自身がお友達との関係性を大切にする中で、良好な関係を築くことの一環としてお友達があいさつをしてくれたときに、お子様にあいさつを返して欲しいのだと思います。
しかしお子様は「お母さんが言ったからあいさつをする」という気持ちでいるとすると、上のような直接的で自然な強化子にお子様は触れていないので、
お母様が居ない場所ではあいかわらず引っ込み思案行動を続ける、そしてアイスクリームを引き合いに出さないと自分から自発的にあいさつをしないという事態に陥ってしまう可能性があるでしょう。
途中からお母様も気がつくかもしれません。
何か変だと。
ただお母様自身も「負の強化子」を受けてしまっているため、変だと思っていても「じゃあどうすりゃいいんだ」となり、なかなかこの悪循環から抜け出せなくなってしまいます。
そしてこのようなことが続くとエクスポージャーが効かなくなり、お子様の引っ込み思案行動が減らないもしくは悪くなって行く可能性もあるでしょう。
「新規場面」に直面すると緊張感が高くなり不安が上がった様子を見せるお子様の場合も同じです。
ではどのようにエクスポージャーを運用すれば良いか?
さてここまで見てもらい、
(1)エクスポージャーという不安や緊張感、恐怖や嫌悪感をどうにかする方法がある
(2)但し「安全希求行動(安全確保行動)」や「逃避・回避行動」、「体験の回避」などが作用するとエクスポージャーが効かない(効きづらい)
ことがわかりました。
私はABAを生業にしていますから、ここからは「逃避・回避行動」という言葉を使いましょう。
「逃避・回避行動」は負の強化子を受けて強まって行く行動です。
上でお母様も負の強化子を受けていると書きましたが、お子様も負の強化子によって行動が強められています。
「あいさつをやらないと、帰ってからアイスは食べられない」という言葉を思い出してください。
お子様からすると、突然目の前に「やらないと、帰ってからアイスは食べられない」という状況が訪れたことになります。
お子様は突然目前に現れたその状況に「え?それはいやや、なんや急に」と思うかもしれませんね。
お子様はその状況を解消するために行動(この場合はお友達へのあいさつ)を行います。
結果的に帰ってからアイスが食べられないという状況から逃避できたため、お子様の行動は強められるのですが、これは突然目前に現れたその状況を解消するために行動しているので、
突然目前に現れたその状況(アイスが食べられないかもしれない)が出現しない限りはあいさつが出現することの期待が薄まるのです。
簡単に言えば、このような嫌な状況から逃れるために行動することを負の強化による行動と考えてください。
ではどのようにエクスポージャーを運用すれば良いのでしょうか?
個人的には「あいさつをやらないと、帰ってからアイスは食べられない」などの言葉で負の強化行動によってお子様にあいさつをさせることを全否定しませんし最終手段として持っていても良いでしょう。
但し最初から使ってはいけません。
エクスポージャーを計画するとき2つのポイントを覚えておいてください。
そのポイントとは、
・ これだったらやっても良いかなと思うところから始める
・ できたときに「やったらこんな良いことがあるのか」とモチベーションが上がる結果を提示する
以上の2点です。
以下、解説をしていきましょう。
これだったらやっても良いかなと思うところから始める
例えばお子様にあいさつをすることをいきなり求めるのではなく、
・ 『お母さんと一緒にあいさつをしよう、あなたは「お」だけ言えば良いよ』と言う
・ 「あいさつしなくて良いから、お母さんの後ろじゃなくて前に出ようね。あいさつはママがやってあげる」と言う
・ 「ママの真似して」といって、会釈(えしゃく)をする。会釈を真似ることを求める
など、上に出したものは一人であいさつをすることと比較すると全てハードルは低いですね?
もしかしたら低いハードルであれば飛んでくれるかもしれません
最初はこれで良いのです。
お子様と「何だったらやっても良いか」について交渉をしてみてください。
コツはお友達が元気にあいさつをしてくれたタイミングで交渉を始めるのではなく、できれば家でお子様と落ち着いて話ができるときに交渉を済ましておきましょう。
事前交渉をしておくことが大切です。
そのとき「頑張ってくれたらママ嬉しいな」とか、「お友達と仲良くなれるよ。すごく楽しいよ」とか、「できたらかっこいいよ!仮面ライダー見たい」とか、
お子様のモチベーションが上がりそうな言葉かけで交渉します。
必要であればですが、交渉が難航するようなら「うまくできたらガチャガチャ1回やろう」とか「うまくできたら帰りにお菓子買ってあげる」などの外付けの強化子も用意しましょう。
外付けの強化子はできれば無い方が良いので、使用するのは交渉が難航する場合だけで大丈夫です。
※ 「外付け(そとづけ)の強化子」は私がそう呼んでいる造語です。本来あいさつは社会的な行動ですので、おもちゃやお菓子が結果として伴うのは不自然です。行動してもらうために交渉時、不自然な強化子を使用することを私は外付けの強化子と呼んでいます
事前交渉が成功したら、お母様と一緒にロールプレイを通して練習をしましょう。
「じゃあ私がお友達やくやるから、いくよー」
(お子様に歩いて近づいていって止まる)
「あ、太郎くん!おはよう」
とお友達を演じてあげてください。
そして、
・ お子様が小さい声でも「おはよう」と言う
・ おはようと言わないけど前を向いてお友達を見ることができた
などどんな結果であっても精一杯褒めてあげてください。
このロールプレイを通して自信をつけてもらうことがとても大切です。
ここまで事前準備ができたら実際にお友達がお子様に近づいて来たとき「昨日練習したようにあいさつしてきてくれたら、あいさつしようね」と耳打ちして気持ちの準備をさせましょう。
またロールプレイですが、多めにやった方が良いでしょう。
例えば前日に事前交渉をした場合、お勧めは、
(1)前日、事前交渉後にロールプレイで練習する
(2)当日の朝、家を出る前に少しだけ復習の意味を込めてロールプレイで練習する
というタイミングで練習することが良いと思います。
できたときにモチベーションが上がる結果を提示する
「これだったらやっても良いかなと思うところから始める」というスタートポイントを設定することも大切ですが、それと同じくらい、
できたときに「やったらこんな良いことがあるのか」とモチベーションが上がる結果を提示することも大切です。
例えば実際に前日、朝のロールプレイでのあいさつの練習をした日、お子様が満点ではないものの頑張った姿勢を見せ、下を向きながらですが「おはよう」と相手に聞こえたか聞こえないかくらいの声で言えたとしましょう。
ロールプレイ練習のときはもっと上手くできていたことも知っていたとするとガッカリするかもしれませんが、そこは堪えて。
このとき、できればめちゃくちゃ褒めてあげてください。
お子様からして「え?そんな喜んでくれんの?」と思うくらい褒めた方が良いです。
あいさつをしてくれた相手のお子様、そして相手の親御様の目もあると思いますが、お子様がパフォーマンスを見せたあと、できるだけ速攻で褒めることが効果的でしょう。
お子様の心境が「ちょっと緊張するけど、こんなに褒めてくれるなら悪くないか」と思ってくれれば優秀な結果、
「緊張したけどこんなに褒めてくれるならまた頑張ってみたい」と思ってくれれば満点です。
「やってみたら(意外に)良かった」という結果をお子様が経験できるかどうかが、特に子ども相手にエクスポージャーを使用するときの肝になるので、ここはできれば、頑張りましょう。
さいごに
エクスポージャーは「順化(慣れ)」による不安感や緊張感、恐怖や嫌悪感を低減させる方法であると最初説明して来ました。
しかし「逃避・回避行動」が作用するとエクスポージャーが効かない(効きにくい)ことを書きました。
特に「お母さんが嫌な状況を作ったからそれから逃れるために行動した」という形で「逃避・回避行動」が起こる可能性が高いと思っています。
本ブログではアイスクリームがもらえないというエピソードで書きましたがもっと一般的なものは「やらないとお母さんが怒るから」でしょう。
実は上のような「お母さんが嫌な状況を作ったからそれから逃れるために行動した」という形で「逃避・回避行動」が作用した場合であっても、
お子様があいさつを自発的にすることもあります
この場合は例えばお子様に少し好みの異性がいて、お母様があいさつをすることを迫ったときいやいやあいさつをしたのだけれども、異性の反応がめちゃくちゃ良くて「やって良かった!」とお子様が思うなど、
私たちが狙っていないラインでお子様が直接的で自然な強化子に触れた場合はお子様があいさつを自発的にすることも期待できるでしょう。
但し基本的にはそのような偶然のイベントに頼るのではなく、計画的にお子様ができることを増やして行くことが賢明です。
エクスポージャーは「順化(慣れ)」による不安感や緊張感、恐怖や嫌悪感を低減させる方法と書いて来ましたが、
本ブログページで書いて来たエクスポージャー手続きでは結果的にお子様自身はあまり「慣れた」という感覚を持たないと思いますし、もともと慣れる必要があるという本人の意思も持たないまま介入が始まっています。
エクスポージャーは慣れの作用によって不安感や緊張感、恐怖や嫌悪感を低減させる方法ですが、お子様に適用する場合、
できるだけ楽しくお子様が挑戦できる設定を作って、やってみたら良かったという経験を通して自発的に行動するようになり、自発的に行動する中で結果的にエクスポージャーが生じた
という結果を狙ってエクスポージャーを設計することが賢明でしょう。
私は本ブログページで行っているような手続きでエクスポージャーを取り入れることが多いです。
もし不安感や緊張感、恐怖や嫌悪感によってお子様の行動問題がある。
新規場面に弱い、引っ込み思案行動が強いなどで悩んでいる。
こう言った場合は本ブログページでご紹介した設計で介入計画を立ててみるのも一考してみてください。
【参考文献】
・ 飯倉 康郎 (2005) 強迫性障害の行動療法 金剛出版
・ John S March & Karen Mulle (2006) OCD IN CHILDREN AND ADOLESCENTS:A Cognitive-Behavioral Treatment Manual,2nd Edition 【邦訳 原井 宏明・岡嶋 美代 (2008) 認知行動療法による子どもの強迫性障害治療プログラム OCDをやっつけろ 岩崎学術出版社】
・ Timothy A. Sisemore (2012) The Clinician’s Guide to Exposure Therapies for Anxiety Spectrum Disorders:Integrating Techniques and Applications CBT, DBT, and ACT 【邦訳 坂井 誠・首藤 祐介・山本 竜也 (2015) セラピストのためのエクスポージャー療法ガイドブック その実践とCBT、DBT、ACTへの統合 創元社】