本ブログページではIris Manor-Binyaminia・Michal Schreiber-Divonb (2019)の研究をご紹介しましょう。
研究論文のタイトルは「Repetitive behaviors: Listening to the voice of people with high-functioning autism spectrum disorder」で、
日本語にすれば「反復行動:高機能自閉症スペクトラム障害を持つ人々の声に耳を傾ける(私訳)」というタイトルです。
反復行動・常同行動って何?
Iris Manor-Binyaminia他 (2019)の論文タイトルには「反復行動」、本ブログページのタイトルには「反復・常同行動の意味」というワードが入っているのですが、
最初に反復行動・常同行動とは何か簡単に解説をさせてください
例えばAmerican Psychiatric Association (2000) のDSM-Ⅳ-TR(現在の1つ前の診断基準)の自閉症診断の部分で出てくる文章に以下のようなものがあります。
「行動、興味、および活動の限定された反復的で常同的な様式」という文章です。
上の文章は当時の自閉症の診断基準の1つですが、自閉症の特徴とされています。
反復とは「繰り返される」という意味です。
常同とは「常に同一で変わらない」という意味なので、
「反復的で常同的な行動」とは「ほとんど変わることのない、繰り返される行動」と思ってもらって構いません。
例えば自閉症のお子様で「手をひらひらさせる」とか「同じ場所を回り続ける」とか「積み木を並べ続ける」などは「反復的で常同的な行動」と捉えられることが多いです。
ここまで「反復的で常同的な行動」とはどんな行動かを簡単に解説しました。
以下Iris Manor-Binyaminia他 (2019)の研究を見ていきましょう。
高機能自閉症スペクトラム障害を持つ人々の声に耳を傾ける
高機能自閉症の方は言葉の遅れが他の自閉症の人と比較してほとんどない方と思ってもらってください。
※ 現在では高機能自閉症という呼び方は無くなってしまった(診断上全て「自閉症スペクトラム障がい」に入る)ように思います
Iris Manor-Binyaminia他 (2019)論文中紹介されているのですが「反復的で常同的な行動」は高次元のものと低次元のものに区別されます。
高次元の反復的で常同的な行動とは例えば強く制限された興味、儀式化された行動パターン、変化に強い抵抗を持つなどです。
対して低次元の反復的で常同的な行動とは例えば手をひらひらさせること、身体を揺らす、エコラリア、車輪を回転させ続けるなどが該当します。
個人的にはIris Manor-Binyaminia他 (2019)からは、
頭の中で生じる本人なりのルールが伴う反復的で常同的な行動を高次元のもの、
比較的ルールが伴っていなさそうで感覚刺激を楽しむ意味が強い反復的で常同的な行動を低次元と分けているのかなと思いました。
またIris Manor-Binyaminia他 (2019) によれば自閉症の人は、
「自分たちが世界の複雑な規則を理解することを環境側は求めて来るが、私たちの世界、私たちの言葉、そして私たちの認識を環境側が理解する試みはなされていないと感じている人が多い」ようです。
上の内容はともて興味深いメッセージでした。
確かに私たちは自閉症のお子様が行う連続的なジャンプやクルクルと回る行動が出現したとき、その行動が奇異であればあるほど、止めようとします
しかしもし上に書いたようにそれが自閉症の方から見れば「私たちを環境側が理解する試み」を怠っているように見える出来事の一つだとすれば?
このような視点は面白いし、また自閉症の人を理解するためには大切な視点です。
さてIris Manor-Binyaminia他 (2019) の研究ではこのような奇異に見えることもある反復的で常同的な行動が自閉症の人にとってどういう意味があるのかを自閉症者本人にインタビューししました。
以下、研究内容を見ていきましょう。
高機能自閉症スペクトラム障害を持つ人々の声に耳を傾ける・手続き
Iris Manor-Binyaminia他 (2019)はそのような高機能自閉症の方16人(年齢35〜55歳)に対してインタビューを行い、自分自身の反復行動をどのように認識し説明するかを調べました。
自閉症の診断はDSM5(現在の診断基準のバージョン)でされています。
イスラエルの方が対象で、参加した自閉症の方の75パーセント(12人)が高校を卒業し、25パーセント(4人)が学位を得ていました。
そして半分は結婚し配偶者と一緒に暮らしており、半分は独身でした。
インタビューは対面で半構造化され行われています。
「半構造化(はんこうぞうか)」は面接の1つのタイプなのですが、半構造化面接とは質問事項をあらかじめ決めておくものの、比較的自由に答えてもらうことを許容する面接タイプです(参考 丹野 義彦, 2000)。
聞くことは決めておくけれども、ガチガチに決めておくと言うよりは自由に話題が発展してもOKという面接になります。
インタビューでは反復的で常同的な行動について4種類の質問が用意されていました。
それは、
(1) あなたはそれについてどう思ってる?どういった意味があって、日常生活にどんな影響を与えている?
(2) 反復行動を行う前と行っている間、そして行った後に感じることは何?
(3) あなたはどういった反復行動を行うの?
(4) それは日常生活の中で定期的に行っているの?
以上の4種類の質問です。
高機能自閉症スペクトラム障害を持つ人々の声に耳を傾ける・分析結果
インタビューは全てヘブライ語で書き起こされ分析されいました。
分析の結果以下の4つの要因が観察されたようです。
・ 機能する能力を高める
・ 外部からの刺激を減らしコミュニケーションを避ける
・ ストレス、苦痛、興奮への対処
・ ソーシャルコミュニケーションへの対応
以下この4つについて書いていきましょう。
機能する能力を高める
反復的で常同的な行動が自分自身の(周りは意味のない奇異な行動と思っていても)集中や覚醒を高めるために有益なものであったという回答です。
Iris Manor-Binyaminia他 (2019)の研究に参加した多くの被験者は反復運動の使用は学習中または社会的状況と同様に集中力と集中的思考を必要とする他の状況(覚醒、注意、集中)を維持するのに役立つと述べました。
私自身は高校時代野球をやっていたのですがバッターボックスに立つまでのルーティンがありました。
こういうストレッチをしてから、こういう素振りをして、バッターボックスのネクストサークルに入るときにはこうして、とか・・・。
そのルーティンを行うことで安心(実際に打率が変わったかどうかはわからないけれど)できて、「前もやって打てたから、今回も打てるだろう」という気持ちを賦活させる、自分の中では大切だったルーティンでした。
私の当時の立場では野球で打席に立つということは塁に出るということが大切(それがヒットでもファーボールでも)だったので、その瞬間にMAXの集中力を持って行くことが安心を生みました。
もし当時の私と同じように自閉症児が反復的で常同的な行動を特定の場面に全集中するという意味で行っているのであれば、
確かにIris Manor-Binyaminia他 (2019)の研究からわかることは、自閉症者の反復運動の使用は学習中または社会的状況と同様に集中力と集中的思考を必要とする他の状況(覚醒、注意、集中)を維持するのに役立つのかもしれません。
Iris Manor-Binyaminia他 (2019)の研究に参加した多くの被験者が反復運動の使用は学習中または社会的状況と同様に集中力と集中的思考を必要とする他の状況(覚醒、注意、集中)を維持するのに役立つと述べたとのことですので、
反復的で常同的な行動は周りから意味はないと感じたとしても、自閉症の本人たちにとっては意味のある行動であると感じている可能性があります。
外部からの刺激を減らしコミュニケーションを避ける
私たちは自閉症のお子様の反復的で常同的な行動を目撃したとき、その動きが奇妙に見えた場合はその行動を止めたくなるでしょう。
例えばRobert L.Koegel・Lynn kern Koegel (2006) を参考にすれば、反復的で常同的な行動は家族にとって悩みの種となります。
またその行動は本人にとって高いヒエラルキーを持つ強化子であり、従事する時間があまりにも長いと、療育においては適切な行動獲得のチャンスを少なくしてしまうかもしれません。
しかし反復的で常同的な行動は本人たちにとって外部からの刺激を減らしコミュニケーションを避けるという意味を持っていたようです。
例えばIris Manor-Binyaminia他 (2019)研究のインタビューにある中身を見ると、
人との外界との接触の中で刺激量が多くなってしまったり、特定の刺激に対して感覚が過敏に反応しているときに手のジェスチャーを行うことで気分が楽になったり、痛みを感じたときに行うことで楽になると答えている方がいました。
Iris Manor-Binyaminia他 (2019)の研究から、身体感覚の過敏によって避ける目的で行っている繰り返しの動きは自閉症の本人たちにとって慣れ親しんだ活動であり、行うことで自閉症の本人は安心感を得るようです。
一つ上の項「機能する能力を高める」でも反復的で常同的な行動は自閉症本人にとって集中力を高める意味があったり、生活の中で機能する行動なのかもしれません。
このように考えると反復的で常同的な行動が出現したとき、その文脈を見て、止めるかどうか判断するということも必要かもしれません。
一緒くたに全ての反復的で常同的な行動をやめさせると言うことでは無くて、反復的で常同的な行動の前後の状況を観察し機能(意味)を予測する。
例えば不安になったときと予測されるのであれば、代替行動として事前に深呼吸や1点(例えば身体感覚)に集中するなどを教えておくなど細かい対応が必要かもしれません。
ストレス、苦痛、興奮への対処
多くの参加者がストレスや興奮など自分達にとって困難な感情的状況において緊張を和らげる方法として、反復的で常同的な行動を行っていると答えました。
1つ上の項目、2つ上の項目とも重複する部分もあるかなと思います。
反復的で常同的な行動は自閉症の本人にとって安心感を与えるようです。
回答者の中には不安によって鼓動が高まったときや極端に緊張したとき、「頭を壁にぶつける」、「故意に行った嘔吐を飲み込む」などストレスを和らげると話した方もいました。
「頭を壁にぶつける」、「故意に行った嘔吐を飲み込む」は繰り返し行うと身体にダメージが出てしまう活動ですから、個人的には止めたいと思いますが、どう扱うのが良いでしょうか。
例えば「歯ぎしり」を反復的で常同的な行動として行うお子様がいらっしゃるのですが、毎日毎日「歯ぎしり」を行うことで歯がすり減りまだ子どもなのに歯が短くなってしまったお子様、
他にも舌を出す行動が反復的で常同的な行動(もしかするとこれは唇周りの筋力が弱いことが原因かもしれないが)があるお子様の場合は、歯の生え変わりの時期に舌を出していることで生え変わった歯の歯並びに影響が出ます。
このようなケースでは本人にとって意味があったとしても個人的には止める方法があれば止めてあげたいなと思いますが、どのように扱うのがベストなのか私自身もIris Manor-Binyaminia他 (2019)の研究で考えて行かなければなと感じました。
ソーシャルコミュニケーションへの対応
ここまで書いてきた4つの要因の中で特にこの要因の解説では「言葉」というキーワードが良く出てきています。
例えば言語の使用における繰り返し(エコラリア)について、コミュニケーションや社会的交流において困難があるときに現れると参加者は述べました。
また自分が慣れ親しんだ人との会話(例えば家族)には高い安心感を持つようです。
反復的で常同的な行動としての言語の使用における繰り返しについてIris Manor-Binyaminia他 (2019)の研究では、
自閉症本人にとって不明瞭な状況を解釈することの困難さから生じた、状況をよりよく理解するため開発した独自の方法と説明する方もいました。
言語の使用における繰り返し(エコラリア)について私自身が思っていることがあります。
例えば自閉症療育をしていて「(何かアイテムを見せて)名前は?」とか、「これ貸して欲しい?」などにはしっかりと応答できるのに、
「(本人の)お名前教えて」と言ったときに「お名前教えて」と返って来るエコラリアは、お子様本人が質問の意味が「わからない」ときなのかなと思うときが多いです。
そういったお子様には「わからないとき、わからないという」というスキルを教えるのですが、
自閉症児のエコラリアは「わからない」という意味がある(ときもある)のかなと思っています。
さいごに
いかがだったでしょうか?
反復的で常同的な行動、ABA自閉症療育では自己刺激行動と呼ばれることもあるこの類の行動ですが、
どのように扱うか専門家によって意見が最も分かれる行動群だと思います
Iris Manor-Binyaminia他 (2019)の研究以前から反復的で常同的な行動は本人にとって意味があって、価値のある行動と考える専門家もいます。
そのような専門家にとっては「お子様にとって必要な行動(刺激)だから、止めない方が良い」と考える方もいるでしょう。
また反対の意見は「あまりにその行動に没頭していると、他の適切な行動を学習する機会の損失となるため、基本的に止めなければいけない」や単純に「(社会的に見て)不適切な行動なので強化してはいけない」という考え方もあるでしょう。
私自身もABA自閉症療育で幼児を指導する際は、適応的で無い反復的で常同的な行動や一つの反復的で常同的な行動に生活時間を取られすぎることで他の社会的に受け入れられる行動の学習が阻害される場合は可能であれば、
反復的で常同的な行動を別の行動に置き換えていくことを行う方が良い
という考えを持っています。
「可能であれば」というのは、反復的で常同的な行動の中には止めることが難しく、対応策を考えることが難しいものもあるからです。
私は少しブログでも触れたのですが反復的で常同的な行動についても一旦どういった状況で出現しているのかを観察し、何か意味がないかを最初に探ってみることをお勧めします。
行動に意味があれば代替行動を教える施策を考えましょう。
そしてもし意味なく行っている可能性(前後の状況に関係なく行っている、実はあまりそのようなことはないと思うのだが)が高かった場合にはひとり遊びとして行っている可能性が高いですから、
適切な一人遊びを増やすことで相対的に反復的で常同的な行動が減って行くことをまず狙う、ということが良いと思います。
とはいえ以下のイラストのようなことを自閉症者本人が感じている可能性が否定できないため、
少し迷いがあるということも本当のところです。
私自身はこの論文を読んだのは2020年でしたが当時、非常に興味深かった1本でした。
自閉症者本人に「なんでそれをしているの?」ということを聞いた研究。
またこのような趣旨のものを探して読んでみたいと思いました。
次回本章のテーマでは自閉症児に対して異文化間で親御様の持つ意識差についての研究をご紹介します。
J.L. Matson・M. Matheis・C.O. Burns・G. Esposito・P. Venuti・E. Pisula・A. Misiak・E. Kalyva・V. Tsakiris・Y. Kamio・M. Ishitobi・R.L. Goldin (2017)の研究ですがこれも、とても面白かったです。
自閉症児に対して親御様の持つ異文化間の差を知っていることも大切かと思いますのでご紹介しましょう。
意外に「そこを!?」というところを日本人が一番気にしていた、という発見があります。
【参考文献】
・ American Psychiatric Association (2000)Quick Reference to the Diagnostic Criteria from DSM-Ⅳ-TR. 【邦訳 高橋 三郎・大野 裕・染矢 俊幸 (2002) DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の分類と診断の手引 新訂版 医学書院】
・ Iris Manor-Binyaminia・Michal Schreiber-Divonb (2019) Repetitive behaviors: Listening to the voice of people with high-functioning autism spectrum disorder. Research in Autism Spectrum Disorders 64 p 23–30
・ J.L. Matson・M. Matheis・C.O. Burns・G. Esposito・P. Venuti・E. Pisula・A. Misiak・E. Kalyva・V. Tsakiris・Y. Kamio・M. Ishitobi・R.L. Goldin (2017) Examining cross-cultural differences in autism spectrum disorder: A multinational comparison from Greece, Italy, Japan, Poland, and the United States. European Psychiatry 42 p70–76
・ Robert L.Koegel・Lynn kern Koegel (2006) Pivotal Response Treatment for Autism:Communication,Social, and Academic Development 【邦訳 氏森 英亞・小笠原 恵 (2009)機軸行動発達支援法 二瓶社】
・ 丹野 義彦 (2000) 2章 データ収集の基本技法 4 半構造化面接法ー仮説形成の技法 【編者 下山 春彦 (2000) 臨床心理学研究の技法 シリーズ・心理学の技法 福村出版】