自閉症スペクトラムの「スペクトラム」とは何か?(自閉症3)

本章では「自閉症スペクトラム」の「スペクトラムとは何か?」について書いて行きましょう。

「自閉症スペクトラム」を英語で書くと「Autism spectrum」になります。

「Autism」は「自閉症」そして「spectrum」は日本語で「連続体」という意味です。


高貝 就 (2016) は自閉症のスペクトラムについて、

スペクトラムとは連続体のことである。例えば光のスペクトラムである虹の色はどこまでが赤でどこまでが黄色といった境界を明確に定めることができず、赤から紫まで徐々に色が変化して行く。

自閉症スペクトラム障がいにおいても重症の者から軽症の者まで明らかな線引きなく連続しており、その最も軽い群は、従来から指摘されて来た広範な自閉症発現型に連続的に繋がっていき、

さらにその外側のいわゆる「ちょっと変わり者」、そして定型発達群に連続していく。

と述べています。


Enせんせい

このような自閉症者は非自閉症者と連続しているという捉え方が自閉症における「スペクトラム」の意味なのです


では「自閉症スペクトラム」では、どのような行動の側面がスペクトラムとして連続しているのでしょか?

本ブログページでは「CARS(The Childhood Autism Rating Scale)」という自閉症症状を測るときに使用する尺度から、簡単に見ていきます。

その後、自閉症をスペクトラムと捉えることでどのような支援の発想が可能になるかについて、私の見解を書いていきましょう。


「スペクトラム」について見て行く!


自閉症者のスペクトラムはどういった行動側面の連続体を示すか?

あなたの周りにいる人を想像してみて自閉症ではない(診断はない)ものの、あまりコミュニケーションが得意ではない人を想像することができると思います。

その人自身も例えばコミュニケーションが得意ではないことに悩んでいる可能性もあるでしょう。

もしかするとその人は相手の言っていることの理解が難しいとか、相手の非言語で示す情報に反応することが難しいとか、情動が一気に上がって衝動的に行動してしまう(言ってはいけないことをうっかり言っちゃう)などのためにコミュニケーションに自信が持てていないのかもしれません。


WHOは自閉症について、

自閉症スペクトラムは社会的相互作用や社会的コミュニケーションを開始・維持する能力に持続的な障がいがあり、年齢や社会文化的背景から見て明らかに非典型的または過剰な、制限された反復的で柔軟性のない行動パターン、興味、活動を特徴とする

と述べています。

上で例に出したコミュニケーションの苦手な人の型はもしかすると自閉症のスペクトラムの延長線上にある行動レパートリーかもしれません。


Enせんせい

WHOの定義にある「社会的相互作用や社会的コミュニケーションを開始・維持する能力に持続的な障がい」については、

自閉症の診断がない人もこのようなことで悩んでいる人が実は多いのではないかと私は思っています


下のイラストをご覧ください。


自閉症スペクトラムの考え方を表現した

イラスト中緑色で「自閉症と言っても十人十色」と書いていますが、自閉症と言っても本当にいろいろな方達がいらっしゃいます。

自閉症という言葉から「自分の殻に閉じこもっている」という印象を持つ人もいるかもしれませんが実際にはものすごく自分の話をすることが好きな自閉症者もいるのです。

自分の話をすることが好きな自閉症者でコミュニケーションが上手くない場合は、自分の話ばかり一方的にしてしまうことでコミュニケーションが継続しない、などの事態が起こります。


では「自閉症傾向の強さ」とはどう言った側面から測られるものなのでしょうか?

例えば今手元に「CARS(The Childhood Autism Rating Scale)(Eric Schopler・Robert J. Reichler・Bahara Rochen Renner, 1986)という自閉症症状を測るときに使用する尺度があります。

※ 自閉症症状はCARS以外のツールで測られることもあります


Eric Schopler・Robert J. Reichler・Bahara Rochen Renner (1986)

自閉症の症状には様々な症状があると思いますが、例えばCARSが測定しようとした自閉症の症状はどういったものでしょうか?

CARSでは以下15項目から自閉症症状を測ることを試みます。


・人との関係

・模倣

・情緒反応

・身体の使い方

・物の扱い方

・変化への適応

・視覚による反応

・聴覚による反応

・味覚・臭覚・触覚反応とその使い方

・恐れや不安

・言語性のコミュニケーション

・非言語性のコミュニケーション

・活動水準

・知的機能の水準とバランス

・全体的な印象


CARSでは以上の15個の側面から自閉症の症状を測って行くのですが、

自閉症症状の測定には多角的な部分を測定することを見ても、自閉症には様々な症状の出現パターンがあることがわかります。


Enせんせい

例えば言葉が遅れていて意思疎通が難しい方、

意思疎通はできるけれども情緒的で怒りやすく恐怖や不安が高く新規場面になると興奮して情緒不安定になる方、

など症状の出方は様々です


また自閉症という診断がなくとも、例えば言語の遅れなどはあまりないものの、特定のルーティンや考え方に固執してしまい行動パターンが広がって行かないパターンや、

言っていることはわかるし友達もいるけれども情緒的に反応することが多かったり変化しない生活パターンを好むことから対人関係が広がっていかないパターンなど、

「あぁこの人、自閉症の傾向があるな」と感じる人と日常的に出会います。


このように自閉症と言ってもその症状の出方は色々なパターンを持ち、またその特定パターンの特色強度も人によって違うのです。

そのため多様性があり、日常の中にいる非自閉症の人でもその傾向がもっと強かった場合、社会的に困ってしまう機会も多くなるだろうなと考えられる、まさに自閉症はスペクトラムであると言われる所以となります。


さてここまで自閉症の「スペクトラム」について書いてきましたが、次の項では自閉症をスペクトラムと捉えることでどのような支援の発想が可能になるかについて、私の見解を書いて行きましょう。



自閉症をスペクトラムと捉えることで可能となる支援の方向性

例えば「自閉症」が示す症状(行動)はスペクトラム(みんなの持つ症状と連続しておりその延長線上にある)でなく全く別のものだったとしましょう。

もしそうであった場合、例えば自閉症の人に何かを教えるときは、非自閉症者と全く別の方法で教えて行く必要があるということにもなりかねません。


実は、私は現状行われている自閉症児への指導というものは実は非自閉症者に行う指導を丁寧に行う、という言い方をしても間違いではないと思っています。

実際にそのような支援方法でABA自閉症療育は科学的に支援効果を上げてきました。


原田 隆之 (2015)西内 啓 (2013)はエビデンスのヒエラルキーの最上位に「メタ分析」を置いています。

メタ分析は現状、最も高いエビデンスレベルを持つ研究手法です。

ABA自閉症療育の持つ科学的な効果はメタ分析でも示されています。

「(ABA自閉症療育のエビデンス5)EIBI(早期集中行動介入)のメタ分析(https://en-tomo.com/2020/03/30/eibi-metaanalysis/)」のページではそのようなメタ分析の研究を紹介してきました。


(ABA自閉症療育のエビデンス5)EIBI(早期集中行動介入)のメタ分析のサムネイル

上のURLページでもご紹介しているのですがABA自閉症療育にはメタ分析をさらにメタ分析した研究もあります。

上のURLページではそのような研究を2本参考文献として記事に入れているのですが、

そのうちの1本を行ったBrian Reichow (2012) 研究結果からEIBIは自閉症幼児に対して平均してIQ、そして適応行動を大幅に向上させることができる強力な介入方法であると結論付けました。

※ EIBI(早期集中行動介入)はABA自閉症療育の方法の1つ


Enせんせい

もしABA自閉症療育が私の述べているように非自閉症者に行う支援を超丁寧に行うという内容だとしたら?


自閉症者が示す症状(行動)がスペクトラム(連続体)でなく、自閉症者は非自閉症者と全く別だとすると、

非自閉症者に行う支援を超丁寧に行うという療育方法の方向性で進めば良いというロジックは崩れてしまう可能性があるでしょう。

※ もしこの先の未来自閉症がスペクトラムではない、という研究結果が証明される未来もくるかもしれませんが


例えばLorna Wing (1996) は著書の中で、

自閉性障がいは発達のいろいろな領域にみられる問題です。

典型的な行動特徴の多くは極端な未熟さによるもので、年齢や他の領域スキルの水準と比較してかけ離れているため奇妙に見えるだけなのです。

自閉性障がいをもつ子どもの行動はすべて、他の子どもでも発達の途中のある時期に見られることがある物です。

と述べました。


Lorna Wing (1996) を参考にすればみんな人生のどこかで示していた症状が、自閉症の人には色濃く残っている、と、このように解釈できます

きっと現代の解釈では非自閉症者の方は発達(成熟と経験)によってその示していた症状(行動)を徐々に示さなくなって行くのでしょう。


このようなエピソードについて説明するとき例えば保育園・幼稚園児が示す行動に「1週間前にプールに行った」事実について「昨日プールに行った」と言う、という行動を取り上げて説明することを私は行います。

時系列が破綻しているためこれは間違いとなるのですが非自閉症児のお子様でもこのような方がいるとしたらどうでしょうか?

全ての人がそうだとは言いませんが、人生のある特定の時期には「過去=昨日」と考えて間違えてしまう時期があるのです。


自閉症児の場合、上のような「時間軸」については例えば以下の教材などを使って教えて行くことがあります。


「時間軸」を教える教材の例

朝起きてきたときイラストのマグネットを1つずつずらします。

イラストの例ですと昨日は「プール」に行っていたことが視覚的にわかりますから、「昨日 何した?(どこ行った?でもOK)」という質問をして、お子様に「泳ぐのやった(プール行った)」と答えてもらうという練習を毎日行うのです(マグネットは毎日ずらして行く)。


Enせんせい

これは超丁寧な子育てだと思いませんか?


実際にこのようにして支援を行うことでお子様の「昨日」という概念を深めて行くのです。

※ 全てのお子様がそうだとまでは断言できませんが、多くのお子様は学ぶことができるでしょう。但しこの方法で学べないお子様も悲観的にならず、この教え方は「イラストや写真の弁別」や「簡単な5W1Hの質問に答える」というエッセンスを含んでいます。そのようなエッセンスを積み重ねていけば良いでしょう

そして並行して寝る前にも「今日は何した?」「昨日は何した?」と聞いていきます。

明日についてはこのタイミングで一緒に教えても良いと思いますが、私は明日は今日と昨日を教え終わった段階で教えることが多いです。


そしてどこかのタイミングで「昨日」と「明日」のマグネットを取り払い「今日」だけ残すようにしましょう。

そして「今日」のマグネットだけ残した状態で「昨日 何した?」という質問をして、昨日というのは今日の1つ前を示している、ということを教えて行きます。


非自閉症者の場合、このような丁寧な教え方をしなくても、日々の会話や生活の中で示される視覚刺激(カレンダーや園に掲示されている何日の数字が日々変化していく様子など)によって自然に習得して行く人も多いでしょう。

しかし自閉症者は人によりますがスペクトラムで弱さのある側面に対してはこのような丁寧な教え方で習得を目指して行く必要があるのです。

また人によってハマる方法とハマらない方法があり、その人に合わせた方法を模索して行く必要があるでしょう。


Enせんせい

もしかすると、丁寧に教えなければいけないと言わたことで、少し面倒臭いと感じられたかもしれません

しかし私は「どうして良いかわからないではないし、今教える方法があるってことが大切じゃないかな?」と思っています。


「自閉症者と非自閉症者は全く別のものだ」より、スペクトラムであると知ることで「何を目指してどのように教えれば良いか?」ということを明確にしてくれます。


例えばRobert L.Koegel・Lynn kern Koegel (2006)PRTもEIBIでも、お子さんが健常発達に近づくことが目標であると述べました。

※ PRTもEIBIもABA自閉症療育の1つ

私はRobert L.Koegel他 (2006)が述べたことは自閉症の症状(行動)がスペクトラムでない限りは目指すことの難易度がかなり上がってしまうのではないかと思います。


自閉症者は非自閉症者とスペクトラム上に位置しており、その症状(行動)が強いために社会的に本人もしくは周囲の人が困っている状態である


という現在の前提が正しいとすればその困難さを克服(または軽減)する、少なくとも目標設定の見通しがつき、支援の方法も具体的になってくるのです。



さいごに

本ブログページでは自閉症者の「スペクトラム」とは何かということについて書いてきました。

自閉症者に対するスペクトラムは非自閉症者と自閉症者の境目を明確に示すことが難しいという概念でした。


Enせんせい

みんな自分のどこかに自閉症症状(行動)を持ちながら生活している、と私は思っています


あなたの周りにいるコミュニケーションのそんなに上手くない人、こだわりが強くてなかなか自分が曲げられない人、極度に不安がったり恐怖を感じ情緒が揺れやすい人、爪噛みなどの自己刺激的な行動を常に行なっている人、

さまざまな人がいらっしゃるでしょう。


みんな自閉症の傾向がどこかにあり、またその模様も多種多様な自閉症は魅力的です。

本ブログページでは「スペクトラム」について解説をしてきましたが、この先もスペクトラムの概念が続いて行くのか、はたまた別の概念が出てくるのかは楽しみなところです。


次のページでは2019年に刊行された私自身はすごく面白いなと思った「反復行動(Repetitive behaviors)」について高機能自閉症スペクトラム障がいを持つ人々の声についてインタビューした研究(Iris Manor-Binyaminia・Michal Schreiber-Divonb, 2019)をご紹介していきます。

反復行動とは自閉症で良く「常同的で反復的な行動」と解説される行動です。



【参考文献】

・ Brian Reichow (2012) Overview of Meta-Analyses on Early Intensive Behavioral Intervention for Young Children with Autism Spectrum Disorders. Journal of Autism and Developmental Disorders 42 p512-520

・ Eric Schopler・Robert J. Reichler・Bahara Rochen Renner (1986) THE CHILDHOOD AUTISM RATING SCALE 【邦訳: 佐々木 正美(2008) 新装版THE CHILDHOOD AUTISM RATING SCALE CARS(カーズ) – 小児自閉症評定尺度 岩崎学術出版社】

・ 原田 隆之 (2015) 心理職のためのエビデンス・ベイスド・プラクティス入門 エビデンスを「まなぶ」「つくる」「つかう」 金剛出版

・ ICD-11 6A02 Autism spectrum disorder
https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http://id.who.int/icd/entity/437815624

・ Iris Manor-Binyaminia・Michal Schreiber-Divonb (2019) Repetitive behaviors: Listening to the voice of people with high- T functioning autism spectrum disorder. Research in Autism Spectrum Disorders 64 p 23–30

・ 高貝 就 (2016) 第1章 発達障害の理解と支援 早期発達支援プログラム 【編集 下山 晴彦・村瀬 嘉代子・森岡 正芳 (2016) 必携 発達障害支援ハンドブック 金剛出版】

・ Lorna Wing (1996) THE AUTISTIC SPECTRUM A guide for parents and professionals 【邦訳: 久保 絋章・佐々木 正美・清水 康夫(1998) 自閉症スペクトル 親と専門家のためのガイドブック 東京書籍】

・ 西内 啓 (2013) 統計学が最強の学問である ダイヤモンド社

・ Robert L.Koegel・Lynn kern Koegel (2006) Pivotal Response Treatment for Autism:Communication,Social, and Academic Development  【邦訳 氏森 英亞・小笠原 恵 (2009)機軸行動発達支援法 二瓶社】