本ブログページでは「療育場面」で選択機会を設けることでお子さんの課題に取り組むモチベーションを上げることができるテクニックをご紹介していきます。
子どもの療育に選択機会を用いる取り組みは主に「PRT:Pivotal Response Treatment(機軸行動発達支援法)」で実践されてきました。
PRTは「NBI(Naturalistic Behavioral Interventions:自然主義的行動療法)」の1つであり、特に子どもの課題へのモチベーションに焦点を当てて療育を行っていくことが特徴的です。
PRTではお子様がやる気を持ってモチベーション高く課題に取り組める工夫が散りばめられています。
PRTはライフスタイルと呼ばれることもある日常生活の中で取り入れやすい療育方法です(参考 William R. Jenson・Elaine Clark・John Davis・Julia Hood, 2016)。
PRTにはさまざまなエッセンスがあり例えば
Mendy Boettcher Minjarez・Sharon E. Williams・Emma M. Mercier・Antonio Y. Hardan (2011) が行なった自閉症児の両親にPRTを教えるペアレントトレーニングの研究ではPRTのトレーニングとして、
(a)明確な機会を提示する
(b)既にできる課題とターゲット課題を織り込んで課題をする
(c)コントロールを共有する/子どもの選択機会を療育に組み込む
(d)偶然の強化機会を療育機会として使用する
(e)自然で直接的な強化子を使用する
(f)表現力が豊かな課題をやろうとした試み、そして正しい応答に対して強化子を提供する
の6つのエッセンスがペアレントトレーニングで伝えられました。
このようにPRTはお子さんが課題に正解しなくともお子さんが頑張ろうとした試みがあれば評価することや、行動のあとに提供される強化子ができるだけ自然であることが特徴です。
本ブログページでは療育で使用されるアイテムや課題をお子さんが選択するというPRTの特徴の1つにフォーカスをあてて書いていきましょう。
近年PRTの名前も良く聞くようになってきて、PRTは少しずつメジャーな療育方法になってきた印象を持っています。
PRTは自閉症の療育に効果はあるのか?
という点で言えば、例えばGulden Bozkus-Genc・Serife Yucesoy-Ozka (2016) の行ったメタ分析(但し、事例研究のメタ分析)ではPRTは自閉症児に効果的という結果が出ました。
Gulden Bozkus-Genc他 (2016) の研究は34件のPRTの研究(125人分)がまとめられ、概ね34件中、3分の2以上の研究でPRTは自閉症児に対して「非常に効果がある」から「効果的」であったという研究です。
またRianne Verschuur・Robert Didden・Russell Lang・Jeff Sigafoos・Bibi Huskens(2014) の行ったPRTの系統的レビュー研究の結果でも35の研究中、15の研究(42.9%)で大きな改善を示す肯定的な結果が報告され、20の研究(57.1%)で一部改善したという比較的肯定的な結果が報告されています。
さて、少しPRTのエビデンスについて触れましたが、このブログページはPRTの紹介ページと言うよりは、PRTで主に扱われる「選択」という療育エッセンスについて書いてくページです。
過去にPRTについての詳しいエビデンスやテクニックなどについて書いているページがありますので、もし興味のある方は「ABA自閉症療育で使う基礎理論(https://en-tomo.com/aba-basic/)」からPRTのページを読んでみてください。
また最後にブログ内でABAの「選択行動研究」を紹介したブログページも複数あるのですが、
少しややこしいかもしれませんが、「選択行動研究」のトピックとこのブログページでご紹介する子どもの療育に選択機会を組み込む内容は別のもの(研究背景が違う)ですので、その点は混同されないようお願いいたします。
子どもの療育に選択機会を組み込む
具体的に、どのようにお子様の療育に選択機会を持ち入れれば良いのでしょうか?
例えばRobert L.Koegel・Lynn kern Koegel (2006)は療育で使用する刺激アイテムについて「子どもが選択する、2、3試行ごとに変える」と述べました。
Robert L.Koegel他 (2006)を参考にすればDTTでは療育使用する刺激アイテムは基本的には臨床家が選択します。
「療育で使用する刺激アイテム」とは何でしょうか?
例えば「色の名前」を教えるときを想像してみてください。
また自閉症のお子様で言葉の発達がゆっくりであり、まだ意味のある発声はないお子さんを想像してみてください。
ただお子さんは少し、相手の話す言葉の理解はあり、また指さしをすることによって意思を示すことができます。
そういったお子さんを想像してみてください。
発声が難しいわけですから上のイラストのように「言葉」で回答を求める方法で教えていくことは難しいでしょう。
ではどのような方法があるか?
私が「受容課題(じゅようかだい)」と呼んでいる方法があります。
例えば3枚のカードの中からターゲットの赤色を選択することを繰り返し成功させることで、色の名前を教えていく方法です。
このような方法はDTTの中ではメジャーな方法であり、かなりシステマティックに細かく課題難易度を変え、プロンプトと強化を用いてお子さんに言葉を教えていきます。
例えばO.Ivar Lovaas (2003)のマニュアルでは、マストライアル(大量試行)からランダムローテーションにレベルアップさせていく方法でお子さんの弁別学習を促進する方法が紹介されていますが、かなり細かく手続き化されていることが特徴的です。
DTTでは例えば上のイラストや色のカード(療育で使用する刺激アイテム)を療育者側が用意し、子どもに名前を教えて行くことが多いでしょう。
ではRobert L.Koegel他 (2006)の述べている、療育で使用する刺激アイテムについて「子どもが選択する、2、3試行ごとに変える」とはどういう意味でしょうか?
例えば、上のイラストのように「色」を教える場合、
・ 電車
・ 車
・ ボール
・ 風船
・ 色紙
・ ステッカー
など「色」の要素が含まれた刺激アイテムをいくつも用意します。
そして療育者が「どれでお勉強する?」と聞き、お子様が選択した刺激アイテムを用いて課題を行っていく。
これが「療育場面で選択機会を設ける」ことです。
William R. Jenson他 (2016) によればPRTでは多くの学習機会はお子様の興味によって決定され、大人は学習中、お子様主導に従うことで課題を進めていきます。
お子様の興味に焦点があてられ課題が進行するため、できるだけお子様が課題に興味を持って取り組めるよう、このような配慮がPRTには織り込まれているのです。
療育場面で選択機会を設けた事例研究
このような療育場面に選択機会を設けることが、お子さんのモチベーションに繋がるのでしょうか?
Lynn Kern Koegel・Anjileen K. Singh・Robert L. Koegel (2010) の研究をご紹介しましょう。
Lynn Kern Koegel他(2010) の研究に参加したのは4歳から7歳の4人のお子様(男子3人、女子1人)でした。
彼らは自閉症と診断され、コミュニケーションの遅れ、人と関わることの困難、および制限された自閉症の特徴的な行動を示すという症状を持っていました。
研究では「筆記課題」と「算数課題」の成長がターゲットとされました。
「筆記課題」でターゲットとされたことは1枚の手紙を書くことから複数の文章を書くことまでであり、
「算数課題」でターゲットとされたことは1桁の足し算・引き算(例えば2+3、7ー5)から2桁の足し算・引き算(例えば24+57、75ー45)を行うことでした。
療育場面で選択機会を設けた事例研究・介入前のベースライン
介入前のベースラインでは、例えば「筆記課題」や「算数課題」を行う前に支援者は「筆記の時間ですよ!」や「算数をやりましょう」などと声掛けをし、
「テーブルに座って!ここに紙と鉛筆があるから、問題を解きましょう」と言いました。
そして、お子様は課題が終わったら外で遊ぶことやおもちゃで遊ぶことができました。
課題が終わったあとの活動(強化子)については、ベースライン中も子どもが選択することができたようです。
療育場面で選択機会を設けた事例研究・介入
ベースラインでは以上のような設定で「筆記課題」や「算数課題」が教えられたわけですが、研究ではどのような介入が行われたのでしょうか?
Lynn Kern Koegel他(2010) の研究では以下の要素が組み込まれたのですが、彼らはこの要素について「やる気を起こさせる要素」と述べています。
その要素とは?
・ お子様は使用できる刺激アイテムと課題を実行する場所を選択することができた
・ 課題中にも強化子が埋め込まれ、より自然な強化子が提供された
・ ターゲットの課題(今、できるようになって欲しい少し難しい課題)に加えて、簡単な課題も点在された
の3つの要素です。
「お子様は使用できるアイテムと課題を実行する場所を選択することができた」とは、具体的には介入中、支援者は「筆記の時間ですよ!」と声をかけた(ここまではベースラインと同じ)のち、
「鉛筆とマーカーのどっちを使う?(刺激アイテムの選択)」と聞き、また「どこに座ってやりたい?(場所の選択)」と聞きました。
介入中子どもは自分が選択した刺激アイテムや場所で課題を行うことができました。
「課題中にも強化子が埋め込まれ、より自然な強化子が提供された」とは、例えば介入中は電車に興味があるお子様の場合には列車を刺激アイテムとして使用し、数を教えていくなどです。
「ターゲットの課題(今、できるようになって欲しい少し難しい課題)に加えて、簡単な課題も点在された」についてはそのままで、介入中、課題の中にお子様が確実に正解できる問題が盛り込まれました。
このような介入を行うことでお子様の行動はどう変化していったのでしょうか?
以下、このような介入を行うことで生じた結果について見ていきましょう。
療育場面で選択機会を設けた事例研究の結果
研究では、介入によって4つの行動が変化することが期待されていました。
それらは以下のものです。
・ 課題を始めます、と伝えてから課題に取り組むまでの時間
・ どの程度の課題量を行うことができたか
・ 破壊的な行動(泣く、叩く、叫ぶ、拒否など)の数
・ 課題に対しての興味
の4つでした。
介入を行なった結果、4人の子どもたちは、
・ 課題を始めます、と伝えてから課題に取り組むまでの時間の時間がかなり早くなった
・ 取り組む課題量が増加した
・ 破壊的な行動が減少した
・ 課題に対しての興味が増加した
という結果となりました。
原文にはデータがグラフが記載されているのですが、4つ全ての行動データについて4人全員が改善していることが分かります。
以上がLynn Kern Koegel他(2010) の研究内容です。
さいごに
Lynn Kern Koegel他(2010) の研究はお子様が「筆記課題」と「算数課題」を行うことのモチベーションが上がったという研究結果でした。
さて、私たちがお子様に療育を行なっていて「あー、この子モチベーション低いな。どうしようかー」と頭を抱える場面はどういった場面が多いでしょうか?
私の思う1つの場面は、お子さんの抵抗感がかなり強い場面です。
例えばイラストのように「お勉強しよー」と言った途端に教材を振り払って机から落とす、他にも教材を目にした途端に離席したり姿勢が大きく崩れる、泣くなど、
このように、教えたい・またはニーズのある知識やスキルや行動があるにも関わらず、教えるとき特にお子様が非協力的である場合です。
このような場合は、「どうやってモチベーションを上げれば良いか?」と頭を抱える場面でしょう
そういったとき、このブログページでご紹介したような療育場面で選択機会を設けることを実践してみてください。
もしかするとお子様は今まで以上に課題に対してモチベーションを持って取り組んでくれるかもしれません。
実は私も困ったとき、この選択機会を取り入れるというテクニックを使用することがあります。
そして何度かこのテクニックに救われてきました。
結構、効果があるなと実感しています。
このブログページではLynn Kern Koegel他(2010) の研究について主に紹介をしましたが、例えば子どもの課題への抵抗感(破壊的な行動)が減少したという研究結果は、
Fereshteh Mohammadzaheri・Lynn Kern Koegel・Mohammad Rezaei・Enayatolah Bakhshi (2015) においても同様の結果が得られています。
次のページでは自閉症療育で使用する頻度の多い「教示(声掛けや指示)」のポイントをご紹介していきましょう。
自閉症療育では主に「短く!簡潔に!目を見て!」などとアドバイスされることが多いでしょう?
ただ私はいかなるときも「短く!簡潔に!目を見て!」というアドバイスが絶対だとは思いません。
次回はそのようなお話です。
【参考文献】
・ Fereshteh Mohammadzaheri・Lynn Kern Koegel・Mohammad Rezaei・Enayatolah Bakhshi (2015) A Randomized Clinical Trial Comparison Between Pivotal Response Treatment (PRT) and Adult-Driven Applied Behavior Analysis (ABA) Intervention on Disruptive Behaviors in Public School Children with Autism. Journal of Autism and Developmental Disorders, Sep; 45(9) p2899–2907.
・ Gulden Bozkus – Genc・Serife Yucesoy – Ozkan (2016) Meta-Analysis of Pivotal Response Training for Children with Autism Spectrum Disorder. Education and Training in Autism and Developmental Disabilities 51(1) p13–26
・ Lynn Kern Koegel・Anjileen K. Singh・Robert L. Koegel (2010) Improving Motivation for Academics in Children with Autism. Journal of Autism and Developmental Disorders 40 p1057–1066
・ Mendy Boettcher Minjarez・Sharon E. Williams・Emma M. Mercier・Antonio Y. Hardan (2011)Pivotal Response Group TreatmentProgram for Parents of Children with Autism. Journal of Autism and Developmental Disorders 41:92-10
・ O.Ivar Lovaas (2003) TEACHING INDIVIDUALS WITH DEVELOPMENTAL DELAYS 【邦訳: 中野 良顯(2011) 自閉症児の教育マニュアルー決定版・ロヴァス法による行動分析治療 ダイヤモンド社】
・ Rianne Verschuur・Robert Didden・Russell Lang・Jeff Sigafoos・Bibi Huskens (2014) Pivotal Response Treatment for Children with Autism Spectrum Disorders: A Systematic Review. Review Journal of Autism and Developmental Disorders, 1 p34–61
・ Robert L.Koegel・Lynn kern Koegel (2006) Pivotal Response Treatment for Autism:Communication,Social, and Academic Development 【邦訳 氏森 英亞・小笠原 恵 (2009)機軸行動発達支援法 二瓶社】
・ William R. Jenson・Elaine Clark・John Davis・Julia Hood (2016) Comparisons of Pivotal Response Treatment (PRT) and Discrete Trial Training (DTT). University of Utah Department of Educational Psychology School Psychology Program