このページではこれまで見てきた選択行動の知見をもとに重度の行動障害(Behavior Disorders)のある自閉症児や精神遅滞児に対し、
衝動性とセルフコントロールの観点から行動介入を行ったTimothy R. Vollmer・John C. Borrero (1999)の研究を見ていきます。
ABA自閉症療育の参考になりますよ!
選択行動について学べばABA自閉症療育ではお子さんの「衝動性」と「我慢」についてどのように理解し、
そしてどのように支援していけば良いのかが分かります
「(ABAの基礎54)オペラント条件付けー「選択行動」自閉症児の衝動性と我慢(セルフコントロール)(https://en-tomo.com/2020/11/05/aba-choice-behavior/)」
のページで
私は後輩にABA自閉症療育における「衝動性」を教える際、
衝動性 = 遅れてくる大きな遅延大強化を選択せず、すぐに手に入る即時小強化を選択すること
、
「我慢(セルフコントロール)」については、
我慢 = すぐに手に入る即時小強化を選択せず、遅れてくる遅延大強化を選択すること
と教えていることを書きました。
「衝動性」「我慢」「セルフコントロール」についてABA(応用行動分析)ではかなり具体的に定義しています。
「選択行動」の理論でからお子さんの問題行動を捉えるとお子さんの問題行動は嶋崎 まゆみ (1997) が述べている以下のように表記することが可能です。
手や口を出したい衝動を我慢することによって周囲から適応的であると遇されること(遅延大強化)よりも、衝動に駆られて行動することによってその場の欲求は満たされるが(即時小強化)、結果的に罰を受けるような行動を選択してしまうことを意味している。
同時に、この様な行動傾向は現実の生活場面では周囲の大人や仲間からも問題行動あるいは不適切行動とみなされがちである
嶋崎 まゆみ (1997) を参考にすれば、例えば、
・ お母さんの注目が欲しくて泣き続ける子ども
・ お菓子を買って欲しいとき、断られると癇癪を起こす子ども
・ 受験が控えているのに、勉強がいやでゲームばかりする子ども
・ 掻いたら治りが遅くなるのに、傷口を掻き続ける子ども
などの以上の行動は「衝動的な行動」と呼ぶことができるでしょう。
「衝動性」は「セルフコントロール(我慢)」と反対の概念ですので、
以上の内容は言い換えれば「我慢ができていない」と言えます。
長期的に見れば周りとの良好な関係を気づくことが難しかったり、目的を叶えることができず大きな強化子には届きません
しかし、
短期的にはすぐにお母さんが注目してくれたり、お菓子が買ってもらえたり、楽しい時間が手に入ったり、痒みがなくなったりと即時的な小さな強化子を得ることができています
このような状態が「衝動性」が高いという状態と言えるのです。
「セルフコントロール」できている、「我慢」できていると言えるためには、上のような「衝動的な」状態を減らしていく必要があるのですが、
ABA(応用行動分析学)では「衝動性」と「我慢」について以上のような定義で捉えます。
このように捉えたとき、どのような療育介入の方法を考えることが可能になるでしょうか?
このブログページではTimothy R. Vollmer・John C. Borrero (1999)の行った事例研究から、
自閉症児や発達障がい児に我慢を教えることができるのかご紹介していきます。
このページで紹介する内容は毎日のABA自閉症療育の参考になるはずです。
自閉症児、発達障がい児に我慢を教えるー攻撃行動を減らした研究
自閉症児や発達障がい児に我慢を教えることを行なった、
Timothy R. Vollmer他 (1999)の研究をみていきましょう。
Timothy R. Vollmer・John C. Borrero (1999)の研究目的
Timothy R. Vollmer他 (1999) は論文の導入部分、
動物実験では即時的な小さな強化子(即時小強化)と、遅れてくる大きな強化子(遅延大強化)のどちらかを選択できる場合、通常「即時小強化」を選択する、
しかし人間もまた同じように即時小強化を選択しているように見える。
例えばテレビの電源を入れると即時の強化子に触れることができるが、その行動を行うと試験で高得点を取るなどの遅れてくる大きなに強化子にアクセスできなくなる可能性がある、
と述べるところから始まります。
なにも動物だけが衝動性を示すわけではなくて私たち人間も衝動性を示す、
という導入部分から始まるわけです
Timothy R. Vollmer他 (1999)がこの研究を行った目的は大きく分けると2つでした。
1つ目は今まで学習されてきた攻撃性を示す、発達障がいのある2人の少年の「我慢」と「衝動性」を評価すること、
そして、
2つ目は衝動的な攻撃性に対して合図を提示した際の遅延の影響を評価することです。
個人的には2つ目の「合図を提示した際の遅延の影響」がこの研究のミソになってくると思います
攻撃行動を我慢するの研究に参加した子どもたち
Timothy R. Vollmer他 (1999)の研究に参加したのは2名の男の子。
1人目は9歳のデールという男の子で彼はソトス症候群と自閉症(Sotos Syndrome and Autism)と診断され、人を殴る、叩く、押すことで激しい攻撃行動を示しました。
デールの両親へのインタビューから、デールの好みのアイテムや活動、または道具へアクセスすることが制限されたとき、攻撃性が発生することが分かったようです。
2人目も9歳のドットという男の子で、彼は重度の精神遅滞(Profound Mental Retardation)と診断され、殴る、髪を引っ張る、押す、蹴るなどの激しい攻撃性を示していました。
ドットの祖母の話によればデールがおやつを食べようとしたとき、彼女はほぼ確実に攻撃行動に遭遇したようです。
攻撃行動を我慢するの研究に参加した子どもたちへの支援方法
研究は4つのフェイズに分けて分析されています。
※ 内容がわかりにくくなると思ったので4つのフェイズは直訳を避け、内容に基づいた意訳も入れています
フェイズ1:攻撃行動の機能(意味)を分析する
フェイズ1の目的はお子さんが他者を攻撃する機能(意味、意図)を分析することを目的としました。
分析をした結果デールもドットも攻撃する機能がアイテムや食べ物を「要求」するという機能であることがわかりました。
このフェイズには「機能分析」そして「逆転デザイン」という「シングルケースデザイン」という手法が組み込まれていますが、
これらはABA自閉症療育の重要キーワードですのでまた先のページで丁寧に書いていくこととします
兎にも角にもこのフェイズ1から、2人が攻撃する行動がアイテムや食べ物を「要求」する意味があることがわかりました。
フェイズ2:強化子を遅延させても待つことは可能か?
フェイズ2では検査者が1分間に、子どものいる部屋に1回入室します。
お子さんが部屋に入った検査者にカードを渡すことができた場合10秒後にお子さんは自分たちの欲しかった強化子を手に入れることができました。
もし子どもが攻撃的な行動を行った場合は強化子は手に入りません。
フェイズ2の目的はお子さんが「要求」するという行動を行ってから、強化子が手に入るまで10秒間我慢できることを確認することでした。
結果2人とも10秒の強化子遅延を達成することができました。
強化子が遅れてやってきても2人とも待つことができたんですね。
このフェイズ2で2人はディスクリート場面とフリーオペラント場面で少し実験セットが異なるのですが、
このことを意識すればこの研究結果はもっと深みを増すのですが、
このことについては話が複雑になるので今後も割愛します
フェイズ3:強化子の大きさへの評価
フェイズ3ではお子さんが、
攻撃行動を行った場合は小さい量の強化子を手に入れることができ、
攻撃以外の「要求(カードを渡す)」が出たときはお子さんはたくさんの量の強化子を手に入れることができる
というセッティングが組まれました。
フェイズ3で(この後のフェイズ4でもそうですが)お子さんが攻撃行動を行なった場合でも少量の強化子を得ることができたということはこの介入手続きのポイントになると思います。
しかしTimothy R. Vollmer他 (1999)の研究はこの先さらに1歩進めます
フェイズ4:攻撃時すぐに即時小強化を与え、非攻撃時は遅延させて大強化を与える
フェイズ4ではお子さんが、
攻撃行動を行った場合はすぐに小さい量の強化子を手に入れることができ、
攻撃以外の「要求(カードを渡す)」が出たときはお子さんは10秒後にたくさんの量の強化子を手に入れることができる
というセッティングが組まれました。
フェイズ3と同じようにフェイズ4でもお子さんが攻撃行動を行なった場合でも少量の強化子を得ることができました。
またフェイズ4では、
10秒間強化子を遅延させるため検査者はデールの場合はタイマーを使用し、ドットの場合はお菓子を出そうとバックをガサゴソと探すふりをし、10秒間の遅延の合図を示す場合と、示さない場合がありました。
怖い!ただただ、
私自身がABA自閉症療育をお子さんに実践する際は正直、
攻撃行動を行ったときに少量でも強化子を提供することについてためらいます。
だって子どもが攻撃行動をしたあとに(小さい量でも)強化子を提供したら、
もしかしたら攻撃行動が増えてしまって、不適切行動を増加させてしまうかもしれないじゃないですか!?
理論的には正しいと頭でわかっていても
実際にやるのは凄いよなーと
思いました
この研究ではフェイズ3から既に攻撃行動を行ったときも少量の強化子が提供されていたのですが、
フェイズ4ではさらに10秒の時間遅延を加えます。
攻撃行動に対してはすぐに強化子を提示し、
攻撃以外の「要求(カードを渡す)」が出たときはお子さんに見通しをつけさせながらも、強化子を提示するまでに10秒待たせる
というセッティングを行ったことが凄いです。
研究結果、Timothy R. Vollmer・John C. Borrero, 1999
さぁ、どうなった?
まずはフェイズ3までの結果について、振り返っていきましょう。
子どもの攻撃行動を減らすーフェイズ3までの結果
フェイズ3ではお子さんが
攻撃行動を行った場合は小さい量の強化子を手に入れることができ、
攻撃以外の「要求(カードを渡す)」が出たときはお子さんはたくさんの量の強化子を手に入れることができる
というセッティングでした。
実はこの時点までで、
2人のお子さんは強化子の量に敏感に反応し、攻撃行動を行って強化子を要求することが減少して攻撃以外の要求が増加しました。
論文で示されている図(Figure)を見ると、
このフェイズ3で2人のお子さんの攻撃行動は0になっているように思います
以上の介入手続きの時点で既に、お子さんの攻撃行動が減少し、適切な攻撃以外のカードを渡すという形での要求行動を学習させることができました。
ここまでのフェイズ3までの結果だけでも(少なくとも要求する場面では)、
攻撃行動が0になり非攻撃行動が増加する可能性があるという意味で充分魅力的な内容です。
ここまでで示された非攻撃行動はカードを渡すでなくとも
言葉で要求できるお子さんは言葉、
ジェスチャーで気持ちを表現できるお子さんはジェスチャーで
代替しても攻撃行動を減らすことができるでしょう
子どもの攻撃行動を減らすー強化遅延を加えたフェイズ4の結果
ここからはいよいよフェイズ4の結果です。
フェイズ3で終わっていても良いように思うのですが、フェイズ4ではもっと踏み込んだ設定で介入が行われます。
フェイズ4ではお子さんが
攻撃行動を行った場合はすぐに小さい量の強化子を手に入れることができ、
攻撃以外の「要求(カードを渡す)」が出たときはお子さんは10秒後にたくさんの量の強化子を手に入れることができる
フェイズ4では10秒間強化子を遅延させるため検査者はデールの場合はタイマーを使用し、ドットの場合はお菓子を出そうとバックをガサゴソと探すふりをし、10秒間の遅延の合図を示す場合と、示さない場合がありました。
フェイズ4では以上のセッティングが組まれまれたのですが問題行動を強化してしまいそうで正直怖いです。
しかし結果は、
2人の子どもは合図がない場合、攻撃行動で「要求」することが多かったのですが、
しかし合図があった場合は逆に、非攻撃行動によって「要求」することが増えました。
合図のある遅延条件下では2人の子どもは「セルフコントロール(我慢)」を示し、そのことによって比較的大きい、遅れてやってくる強化子を得ることができたのです。
逆に「合図が無い場合」は難しかったというのも興味深いと思います。
合図があった場合デールについては最終的には10分間強化子が遅延しても待てるようになりました。
子どもの攻撃行動を減らすー結果の簡易的なまとめ
Timothy R. Vollmer・John C. Borrero (1999)の研究内容を簡単にまとめると、
(1)AとBのどちらかの行動を行う選択機会がある
(2)Aの行動を行うとすぐに少量の強化子が出てくるが、Bの行動を行うと少し待たされて多量の強化子が出てくる
という設定でお子さんにBの行動を選択させることを狙ったのですが、結果的にAの行動を行うことが多いと言う結果になってしまった。
そこで、
(3)Bの行動を行って待っている間は強化子到来までの合図を出す
という手続きを入れるとBの行動を選択させることが可能であった。
という研究です。
さいごに
ABAでは「衝動性が高い状態」を「セルフコントロールができない」、「我慢ができない」状態と考えます。
研究結果から、ABA自閉症療育で「我慢」を教えたいときにヒントになりそうな知見がありましたね。
衝動性が高い状態とはこのブログページ冒頭でも紹介したように、
衝動性 = 遅れてくる大きな遅延大強化を選択せず、すぐに手に入る即時小強化を選択すること
でした。
Timothy R. Vollmer他 (1999)の研究は衝動的な行動(攻撃行動)を抑制し、遅延大強化を選択するという介入効果を示した内容です。
ABA自閉症療育の定義に照らし合わせて、
この研究からお子さんが衝動性を抑え、我慢できるようになったことが示されました。
Timothy R. Vollmer他 (1999)の研究を参考にすれば強化子を遅延させている時間は合図があることでお子さんは衝動性を押さえ、お子さんは我慢することができます。
この知見はABA自閉症療育でも有用です。
「(ABAの基礎54)オペラント条件付けー「選択行動」自閉症児の衝動性と我慢(セルフコントロール)(https://en-tomo.com/2020/11/05/aba-choice-behavior/)」
のページでは「我慢を教える」ことについての循環論の問題を取り上げましたが、
しっかり「衝動性とは何か?」「我慢とは何か?」を定義することによって建設的な解決策が導けます。
このセルフコントロール、我慢を獲得させる方法以外にABA自閉症療育にはたくさんの介入戦略がありますから、
この先のページで紹介していく「分化強化」や「先行刺操作」、「トークンエコノミー法」なども絡み合わせて介入法を練れば、合図がなくてもできるようになる可能性は充分にあるでしょう。
このブログページから「ずっと合図がなければ我慢できないのか?」と思われたかもしれませんが、
私はそうでもないと思います
このページではTimothy R. Vollmer・John C. Borrero (1999)の研究内容を紹介しましたが、
日本でも例えば馬場 千歳・龔 麗媛・野呂 文行 (2020) が9歳の中・軽度の自閉症の男の子に対してセルフコントロール(我慢)を鍛える介入を行っています。
この研究ではパソコンの画面に出てくる選択肢を選択させるという手続きでした。
自閉症者に対するセルフコントロールの介入はこの研究のようにパソコンを使って行うものもあります。
もしかすると近い未来、アプリケーションを利用するだけで子どもに我慢を教えられる日が来るかもしれません。
ここまで「選択行動」についてみてきましたが、
個人的に思っている「選択行動」の理論をわかりにくくしているところ、
そもそも「選択行動理論」の「選択」とは、何を「選択」するのか?
について書いていきます。
【参考文献】
・ 馬場 千歳・龔 麗媛・野呂 文行 (2020) 強化子の量と強化子の違いが自閉スペクトラム症児の選択に及ぼす影響. 障害科学研究, 44, 47−54
・ Timothy R. Vollmer・John C. Borrero (1999) EVALUATING SELF-CONTROL AND IMPULSIVITY IN CHILDREN WITH SEVERE BEHAVIOR DISORDERS. JOURNAL OF APPLIED BEHAVIOR ANALYSIS. 32, p451–466 No. 4 (WINTER)
・ 嶋崎 まゆみ (1997) 発達障害児の衝動性とセルフコントロール. 行動分析学研究. 11, 29-40