この章の最初「エビデンス・ベースド・プラクティス(ABA自閉症療育のエビデンス1)(https://en-tomo.com/2020/03/15/evidence-based-practice/)」
では対人支援職の分野で近年「科学的な根拠に基づく実践」の重要性が説かれていると書いた。
このような支援をEBP(Evidence Based Practice:エビデンスベースドプラクティス)と呼び、
ABA療育を含む心理学領域までその影響は及んでいる。
ここまでABA療育におけるエビデンスについて書いてきたが「療育方法は何もABAだけではない」と思った人もいたかもしれない。
この章ではABAの科学性を述べてきたが、「科学的なものが絶対に正しい」と本当に言えるだろうか?
それは人それぞれではあるが以下、私の考え方を書いていこう。
ここまで科学的な療育手法を紹介してきたが、科学は絶対なのか?
「科学的な手法」は療育効果があることを保証するのか?
このことについて考えていきたい。
科学は全てをわかっているのか?
中屋敷 均 (2019) は「科学」とは常にまだ証明できていない「非科学」の狭間にあると述べた。
中屋敷 均 (2019) によると「分かっている」という領域の外には広大な「未知領域」が存在する。
「科学」では新しいことがわかったら同時に「わからないこと」も生まれる。
例えば「ABA療育が自閉症のお子さんに対して効果的」とわかったとき、
「どういった特徴を持つ自閉症児に効果的なのか?」、「同じ効果でもっとコストが低い方法はないか?」など新しくわからないことが生まれる。
新しくわからないことが生まれていく中で科学は成長し、
新しく出てきたわからない課題に対し、1つずつ検証を積み重ね明らかにしていくことで科学は成熟する。
また「未だ研究されていない方法は効果がない」とも言い切れない。
「研究」をすれば科学的に効果結果が付いてくるが、単に今まで科学的に取り扱ってこなかったという理由から、科学的に効果が示されていない療育方法が存在する可能性もある。
例えば日本で行われている支援で「科学的に効果の根拠はない」ものであったとしても、
科学的な枠組みで効果研究が行われたことがないという理由で、「科学的な効果の根拠がない」という療育方法もあるかもしれない。
現在2020年という暦ではあるが「科学的」「療育効果」「どのような自閉症児に対して」「効果がいつまで維持するか」「どの範囲のお子さんまで効果があるのか」など、
わかっていないことなどたくさんある。
私たちは今まで「科学的な効果」とどう向き合ってきたか?
何かを達成するための方法を探すとき、科学的に効果の根拠はなくとも幅広くいろいろな方法を試す中で自分に合うベストな方法を探すことは、
何か目標を達成するときの1つの方法だと思うだろう?
いや、むしろ科学的に効果がある方法を事前に調べ、その方法を優先的に選択してきたという人生を送ってきた人はかなり少ないだろう。
「勉強の方法」、「ダイエット」、「生活リズムの整え方」、「運動習慣」、「やる気の出し方」、「人とのコミュニケーションの取り方」など、
みんなそれぞれ生きていく中でいろいろな方法を試しながら、自分に合った方法を見つけていく。
その際に「科学的な効果の根拠」を基準に方法を選択してきた人は、ほとんどいないのではないだろうか?
自分に合うものを時間をかけて模索するこの方法を否定するわけではなく、大概のことはそれで上手くいくこともあるだろう。
それは、なにも急いですぐに結果を求めているわけではなく、数週間、数ヶ月単位で充分な時間を使っていろいろ試し、自分がやりやすいと思う方法を見つければ良いのだから。
目的があるときや困ったとき、今までそうしてきたから、
だから、お子さんの療育方法を探すときもそうしてしまう。
しかし自閉症児に対しての支援は、年齢の低い時に始めることが介入効果で「最大の利益」を得る1つの要因であるというエビデンスもある(例えばHelen E .Flanagan・Adrienne Perry・Nancy L .Freeman,2012)。
お子さんにとって療育支援の効果を上げる要因として「早い年齢からの療育の開始」ということが重要と科学的な研究で言われている。
悠長にいろいろなことを試している時間はない。
科学的な「療育効果」とは何か?
例えばあなたのお子さんが何か活動を始めたときから(ピアノや水族館に連れていく頻度を増やしたり、身体を優しく触る回数を増やすなど)、急にお話をたくさんするようになったとする。
親御様からすればそのときに始めた「活動」は自分の子どもを変えたように見えるので、
他に困っている自閉症児のお子さんを持つ親御様にも「効果がある」と、伝えたい気持ちが芽生えるかもしれない。
もちろん伝えることは悪いことではないが、
科学的にはその1例を切り取って「科学的に言葉を促進する効果がある」とまでは言えない。
「科学的な効果の根拠がある」と言うためにはその子以外にも効果があったといういくつかの凡例が必要となる。
少なくともある程度同じ条件を揃えたお子さん(研究によって条件は変わるが、自閉症でIQはこれくらいで発語の数はこれくらい、同じような年齢であることや、必要であれば家庭の経済水準も合わせるなど)を用意し、
介入する時期をずらすか、グループ比較するなどの研究計画を整えて実施する。
そのような「科学的と呼べる条件」を統制した中で同じように効果を上げるお子さんが最低でも3人はいなければ「科学的な効果の根拠」とは呼べない。
「科学的に効果の根拠がある」というためには厳しい基準が課せられる。
自閉症療育の専門家と「効果」についてどう向き合うか?
同じように専門家が「この療育方法は効果がありますよ」と言ったときも、
それは本当に効果があったのか?
特定のお子さんだけに効果があったのではないか?
その効果はただお子さんの成長の時期にたまたま合っただけではないか?
などの疑問を持たなければいけない。
例えば専門家が「うちの療育は効果がありますよ」と話し出し、
その後に続けて聞かされる成長譚は実は20人のお子さんに対して行った内の、3人だけにしか当てはまらなかったものかもしれない。
専門家は「ウソ」はついていない。
しかし20人の中の3人にあなたのお子さんが入る保証は何もない。
むしろ確率的に考えれば他の17人に入る可能性の方が遥かに高い。
親御様側は今まで人生で科学的な効果の根拠(繰り返された凡例)などあまり気にしたことはないだろう。
しかし科学的な効果の根拠(繰り返された凡例)は大切である。
専門家は20人のお子さんに対して行ったうちの3人だけが効果を示し、成長したことは話さないかもしれない。
専門家からすれば自らの療育支援効果に疑問を持たれる情報を開示する意味はない。
もしかすると「利用者満足度アンケート」などの結果は見せてくれるかもしれないが、「満足度」は「効果」ではない。
専門家が「大丈夫」と言った場合、専門家が言うので「私の子もきっと大丈夫だろう」と考えるのは普通であるが、簡単に「大丈夫」と間に受けるのは危ないだろう。
あなたは「去年、どれくらいの、どのようなお子さんがこの療法を受けて、どのように効果をあげたか?」、
「この療法が私の子どもに効果的と言う根拠はなんなのか?」と聞くべきなのである。
科学的な雑誌に掲載された論文の効果データまで出せという必要はないと思うが、療育の専門家もやはりこの程度の質問には答えられるよう、自分なりの回答は準備しておくべきだと思う。
親御様側も専門家に意見すると言うのは勇気がいると思うし、
例えば私も病院に行ったとき、お医者様においそれと「科学的な効果の根拠」などとは聞けないから、共感できる。
科学的な療育を選ぶ意味はー「効果が保証されている?」
Katarzyna Chawarska・Ami Klin・Fred R .Volkmar (2008) は著書の中で「賛否両論の治療法を確立された治療法と区別する」という章を書いている。
その章の中で彼らはABA療育については確立された治療法であると紹介しているが、自閉症のお子さんに対して行われる感覚統合やビタミン療法、キレート化、ビジョン・セラピーなどは一般的に賛否両論の治療法と紹介した。
例えば彼らはビジョン・セラピーについて自閉症のお子さんのための研究は全くないと述べている。
Katarzyna Chawarska他 (2008) がこれを書いたのが2008年なので、2020年の現在もまだビジョンセラピーの科学的な研究が一切ないとは言い切れない。
ただし自閉症児の世界においては(自閉症以外に例えばダイエットなどでもそうだと思うが)、
「なんでこの方法が効果があると言えるのか?」
という方法が普通に存在している。
「この方法が科学的に効果の根拠があるかどうか?」など、専門家ではない親御様は判断できるはずはないので、これは親御様が悪いわけではない。
「私たちは生活をするとき、あまり科学的な効果の根拠という基準で方法を選択してこなかった」と書いたが、
こと療育に関してこの習慣は悪手になる可能性がある。
ここまでのいくつかのページで紹介をしてきたが2020年現在の科学研究の結果では、
「できるだけ早い年齢で療育を始め、かつ効果が検証されている方法で行え」
と訴えかけてきている。
療育を低い年齢から始めることが効果を上げる1つのポイントならば悠長に時間をかけて色々試していく中で療育方法を選択している時間の余裕はない。
また、ここまでブログのこの章をみてくれた人なら薄々感じていただろうが、
まだ「こうすることがベストである」という真の科学的な正解は分かっていない
しかし、それでも今わかっている中で充分価値あるものに対して目を向けるべき
だと思う。
というより、中屋敷 均 (2019) を参考にこのブログページで書いたように「科学」は特性として「わかったこと」があると同時に「わからないこと」が生まれるとすれば、
永遠とこのループからは抜けられないのかもしれない。
これが私の考え方であり、主張である。
子どもの人生は1つしかなく、時間は戻ってこない。
私はABA自閉症療育をお勧めする
原田 隆之 (2015) はアインシュタインの言葉を引用し「現在のところわれわれ人間が用いる理解の道具として科学は一番ましな道具である」と述べた。
原田 隆之 (2015) は科学は魔法とまでは呼べないないものの「最善」に近い選択肢を選ぶ1つの基準となるだろうと述べている。
療育を選択するときにあまり時間はかけられない。
であるならば現段階でわかっている範囲の中で効果的と言われるものを選択することは当たり前ではないだろうか。
今まだ手探りの状態ならば科学的根拠があるとされる方法にまずは頼ってみてはいかがだろう?
上記の理由から私はABA自閉症療育をお勧めする。
科学的な療育効果をどう調べればいいか?
もしABA自閉症療育以外の方法で気になるものがあれば例えば「メタ分析」や「系統的レビュー」、「RCT」について探して欲しい。
※ RCTは「Randomized Controlled Trial」のこと
参考「準実験/RCT /メタ分析/系統的レビューの解説(ABA自閉症療育のエビデンス4)(https://en-tomo.com/2020/03/28/hierarchy-2/)」
多分、日本語の文献はみつからないと思うのでGoogleやYahooの検索バーに療育方法の名前(※但し、英語)にスペースを入れ、
「meta analysis」(メタ分析)、「Systematic review」(系統的レビュー)、「RCT」(ランダム化比較試験)などを検索する。
論文のタイトルに「effect」(効果)や「Comparison」(比較)などの単語が入っていると効果研究である可能性が上がる。
ここで結果検索することでまず、その療育方法の科学的な「研究の有無」について知ることができる。
しかしこれは「科学的な根拠」いわゆる「エビデンスがある療育」として土俵に乗っているかどうかの判断基準でしかない。
「科学的に効果がある」かどうかは論文の内容を見てみないとわからない。
土俵に乗った後、中身を見て初めて「科学的な効果の根拠が有るかどうか」判断ができる。
論文のタイトルは伏せるが「summary(要約)」部分では良いように書いてあるけれども、
実際内容をみてみたら「あまり上手くいっていないんじゃ?」という類のものもあるため、実際は本編をみてみることも大切だと思う。
また1つの論文だけで信頼するのではなく、少なくとも3つくらいはみてから判断をして欲しい。
実際に探してみて分かると思うが自閉症療育の分野でABA以外、特に「メタ分析」や「系統的レビュー」はほとんど見当たらないだろう。
「RCT」については1つ2つは見つかるかもしれないが、3つ以上見つけることは難しいと思う。
科学は「この条件のXパーセントくらいの人に対して、これくらいの範囲(量)の効果が出る可能性が高い」と教えてくれる。
ABA自閉症療育は効果充分なのか?
ABA自閉症療育の論文でも例えば
・ 研究に参加するお子さんはX歳までの年齢に絞った
・ 研究前にIQがX点以上のお子さんを扱った
・ 自閉症以外の疾患(例えば身体疾患)がないお子さんを扱った
など条件を絞っている研究が普通であり1つの論文をもとに
「ABA = 自閉症児に効果的」と判断するのも危ない。
この章を読んできた人ならばわかると思うが、
「ABA = 全ての自閉症児に効果的」というところまでまだ保証できない。
科学が教えてくれる方法は全ての人に対して効果が保証できるものではないが、それでも他と比べてかなりまともな答えをくれるだろう。
これが現代における限界点である。
ABA自閉症療育、EIBIのメタ分析
現代科学の中で最上位のエビデンスを示す研究方法として「メタ分析」がある。
「EIBI(早期集中行動介入)のメタ分析(ABA自閉症療育のエビデンス5)(https://en-tomo.com/2020/03/30/eibi-metaanalysis/)」
のブログページでは、
「EIBI:Early Intensive Behavioral Intervention (早期集中行動介入)」
と呼ばれるもののメタ分析研究について紹介している。
この「EIBI」はABA自閉症療育の1つの手法である。
かなり調べて論文検索も行ったので、
このブログページを書いた2020年3月30日までの世界で刊行された全てのEIBIメタ分析研究がレビューできていると思う。
必要であればその中からタイトルを抜き出し、Googleなどで検索をしてみてはどうか。
さいごに
まずこのページの中で書いたように科学的に根拠があるといわれる方法を試してみて、やっていく中で合わないと感じたり、他に魅力的な方法が見つかったならばそちらを選択するという判断はどうだろうか?
私はそのような方法で療育を選択していくことをお勧めする。
私はABA療育も「子育て」の延長線上にあると思っているので、最終的な判断はあなたがすれば良い。
お子さんの未来を一心に考え決断する親の判断は尊い。
ただし「ママ友がうちの子には合わないと言っていたから」レベルの情報で、「悪い」と判断するには、勿体ないくらいの価値をABA自閉症療育は積み重ねてきたとも思う。
このページではABA自閉症療育を採択する理由をについて、私の意見を書いた。
この章ではこのブログページまでに、お子さんに対しての療育効果を示すABA自閉症療育のエビデンスを紹介してきた。
このページまでに示してきた研究は主に「X年間」など、比較的長期の療育効果を示したものが多かった。
次のページではもっと短期的な「焦点介入」というものを紹介しよう。
最後に「焦点介入」についての紹介を行ってこの章を終了する。
【参考文献】
・ 原田 隆之 (2015) 心理職のためのエビデンス・ベイスド・プラクティス入門 エビデンスを「まなぶ」「つくる」「つかう」 金剛出版
・ Helen E .Flanagan・Adrienne Perry・Nancy L .Freeman (2012) Effectiveness of large-scale community-based Intensive Behavioral Intervention: A waitlist comparison study exploring outcomes and predictors. Research in Autism Spectrum Disorders 6 p673–682
・ Katarzyna Chawarska・Ami Klin・Fred R .Volkmar (2008) AUTISM SPECTRUM DISORDER IN INFANT AND TODDLERS:Diagnosis, Assessment, and Treatment 【邦訳: 竹内 謙彰・荒木 穂積 (2010) 乳幼児期の自閉症スペクトラム障害 診断・アセスメント・療育 クリエイツかもがわ】
・ 中屋敷 均 (2019) 科学と非科学 その正体を探る 講談社現代新書