ABA:応用行動分析コラム12では自閉症の男の子にカラオケ活動の中で介入を行い、カラオケ活動を通して人との関わりを増やしていった研究をご紹介します。
この研究は井澤 信三・山本 秀二・氏森 英亜 (1998) によって行われました。
皆さんは余暇活動、平たく言えば趣味はありますか?
私はあまり趣味がなくて、そこのところについては、自分自身でつまらないなと感じるところです。
余暇活動は人生を充実させてくれる1つの要素であるだけでなく、余暇活動を通して対人スキルや人との関わりを促進することができます。
この研究からそのことを見ていきましょう!
井澤 信三・山本 秀二・氏森 英亜 (1998) の研究
本研究はカラオケという、現代でも人気の活動を題材としています。
研究発表は1998年ですが、支援が行われたのは1993年の10月から1994年12月の14ヶ月の期間です。
カラオケのシステム自体が現代のものと少し違う時代背景であることから、現代で教える場合には少し教えるスキルも変わってくると思いますが、そのことについても最後に少し触れることとします。
井澤 信三他 (1998) の研究参加者
研究に参加したお子様は自閉症の中学3年生の男の子です。
研究参加時14歳5ヶ月という年齢、田中ビネーという検査から算出された精神年齢は5歳3ヶ月(IQ43)でした。
2語文程度の発語は可能でしたが、CMのフレーズなど特定の言葉を発することがあるものの、他者に関わろうとすることは稀でした。
「やる!」「食べる!」という要求を示すことは可能でしたが、身振り手振りやクレーン運動での要求もありました。
日常的な指示には従えるものの、質問には応答しないことが多く、集団場面に参加しても本を読んだり、絵を描いたり、音楽を聴くなどひとり遊びに費やす時間が多い男の子でした。
このように自ら人に関わる行動頻度は低く、研究者が介入を始める前にサンプリングした、
実際の研究者との関わりデータでも1分間に1回も自分から関わりを開始することがない程度に頻度が低く、また関わりがあったとしてもその関わりが数ターン続くことがほとんどでした。
井澤 信三他 (1998) 、場面設定
部屋にカラオケを設置しました(シンプル!!)。
この設定がちょっと家庭で実施するには無理がある!
と思うかもしれません
ただし今はスマートフォンでカラオケができるアプリがあるのですよ!
介入前から男の子はカラオケに興味を持ったようで、自発的に「歌う」と要求もありました。
この研究では人との関わりを増やすことを目的として研究を行なっていくのですが、男の子が介入前からカラオケに興味を持っていたことは大きかったと思います。
研究内でも書かれていますが「歌う」という活動自体がお子様にとって「強化子」となる可能性が介入前からありました。
このように考えるとお子様の余暇活動を通して人との関わりを増やしていこうという介入を計画するのであれば、
お子様が興味を持っている(または持ちそうな)、人との関わりが生まれそうな余暇活動を最初に選定すれば良いですね。
井澤 信三他 (1998) の介入
介入ではカラオケをする活動が課題分析されました。
ABAではやはり何か教えるときには基本的には「課題分析」です。
例えば前回のコラムでも課題分析によって野球の投球フォームの改善を行なった研究を紹介しました。
「ABAで野球のスローイングを上達させるーABA自閉症療育に使えることを学ぼう(ABA:応用行動分析コラム11)(https://en-tomo.com/2021/03/09/aba-baseball-throwing/)」
井澤 信三他 (1998) の研究ではカラオケ活動を以下の流れに課題分析し教えていきました。
最初に司会者が「カラオケをやりましょう」と言い、その後以下のような課題分析が適用されています。
(1) 司会者が「歌いたい人?」と言ったときに「挙手をするか返事をする」
(2) 司会者から指名されたときに曲カードを見る
(3) 歌う曲を選ぶ
(4) 司会者に曲カードを渡す
(5) マイクを受け取る
(6) 歌う
(7) マイクを返す
(8) 曲カードを元の場所に戻す
(9) 着席
(10)歌い手と聞き手の役割交代
以上のような流れが、「カラオケ活動」として課題分析され、男の子は教えられました。
活動をどう教えたかと言えば、課題分析に沿って適切なスキルが出現しない場合、段階的にプロンプトが使用されました。
段階的なプロンプトは、
Lv1:質問「どうするんだっけ?」
Lv2:言語教示「〜してください」
Lv3:身体的援助
の3つのレベルに分かれていて、
「Lv1」で適切なスキルが出ないときは「Lv2」のプロンプト
「Lv2」で適切なスキルが出ないときは「Lv3」のプロンプト
を使用するというように段階的にプロンプトが使用されました。
※ 身体的援助の具体的な内容は記載されていませんでした
また「身振り」による人との関わりの開始については、誰に向けて関わりが開始されたか不明瞭であったため、相手の名前で呼ぶことも介入されました。
井澤 信三他 (1998) の介入結果
男の子は「身振り」、「相手の名前を呼ぶ(〜くんと呼ぶ)」、「要求」を行うことで相手と関ります。
介入を進めていくと「身振り」で関わることが途中から無くなり、「〜くん」と相手の名前を呼ぶことが増えていきました。
また自発的に「〜くん、◯◯(曲名)歌って」という名前を呼んで要求をするという行動も出現し出します。
以上の介入を進めていくことで、研究のデータを見れば、だいたい人への関わりの開始が倍程度に増加していきました。
井澤 信三他 (1998) 、さらに介入を進める
この研究ではさらに介入を進めていきます。
先の課題分析では最初に
(1) 司会者が「歌いたい人?」と言ったときに「挙手をするか返事をする」 その後、司会者から指名される
という流れが最初あり、その課題分析によって介入が進められていましたが、介入を進めていく中で変更を加え、
「歌いたい人?」と聞かず、また指名もせず、10秒間反応を待つ
という内容に変更しました。
この変更は男の子の自発性をさらに上げることを期待した変更です。
この変更に対し、以下のように段階的なプロンプトを用いて介入していきました。
男の子から他者への関わりについては、
Lv1:男の子からの関わりが開始されない場合、男の子と目を合わせ「なーに?」と言った
Lv2:回答が不十分である場合「誰に言っているの?」とさらにプロンプトを加えた
Lv3:どう言えば良いのかモデルを示し模倣させた
また他者から男の子が働きかけられた際の応答については、
Lv1:5秒間待った
Lv2:適切な応答がない場合は「〜くん、〜だってさ」や「〜って言ってるよ」と伝えた
Lv3:どう言えば良いのかモデルを示し模倣させた
「男の子から他者への関わり」、「他者から男の子が働きかけられた際の応答」について以上のレベルのプロンプトを段階的に設定し、
「Lv1」で適切なスキルが出ないときは「Lv2」のプロンプト
「Lv2」で適切なスキルが出ないときは「Lv3」のプロンプト
を用いて教えていきました。
井澤 信三他 (1998) 、追加介入の結果
以上の追加介入を進めていくことで、研究のデータを見れば、最初の頃と比較すると人への関わりの開始が倍程度に増加しました。
また関わりの開始が倍以上になっただけでなく、
関わりを始めてから関わり終了までの「ターン数」が倍以上に増加しました。
その後、研究内でデータは色々な形式でサンプリングされています。
直接指導を行っていない研究者に対しても倍以上の関わり、ターン数が観察され、
また地域のカラオケボックスに行って実践した際も倍以上の関わり、ターン数が観察されました。
そしてこれらの結果は、この研究内では「ベースライン」と呼ばれたプロンプトを行わない条件であっても継続して記録されました。
他にも研究内で男の子はプロンプトがなくても「歌って!」と他者に要求をした際、相手から拒否された場合でも関わりを続けることが観察されたり、
研究後の母親報告では、人に対しての関心が高まったという報告や、他者の名前をよく覚えるようになったという報告もありました。
井澤 信三他 (1998) の研究を現代の家庭療育に落とし込む
最後に井澤 信三他 (1998) の研究を現代の家庭療育に落とし込むとすればどのようにすれば良いのかを簡単に考察しましょう
この研究では「部屋にカラオケを置く」ということを実施していたのですが、研究時の1990年代であれば一般家庭でこの研究手続きを実施することはかなり難しかったと思います。
私が中学生のころが1990年代後半なのですが、カラオケ機器は高額で家庭で購入できる物ではなく(現在でもカラオケ機を買うことは難しいか・・・)、また騒音の問題もあるでしょう。
TVでたまに芸能人が「家にカラオケがある」ということを聞くことがあるだけで、私の友達・知り合いでも家にカラオケがある人は一人もいませんでした。
現代では?
カラオケがスマホでできるアプリもあるようです。
カラオケさえあれば手続きはそこまで複雑ではありませんので、家でやろうと思ったら実施できそうです。
1990年代の当時と比べると、カラオケを使用した介入もできるようになっていることを考えると技術の進化はすごいですね
この研究の肝は適切なスキルが出現しないときにプロンプトについては細かく手続き化されていたものの、特に「強化子」については細かく明言化されていない点です。
つまりもともと「カラオケ活動」が男の子にとって強化子であった、という点が強力な介入成功要因になります。
普段ABA自閉症療育を行うときも、もともとお子様の好きな活動の中でスキルを教えていくという重要性が伝わる研究の1本でしょう。
さいごに
さて以上の研究結果を見て、どう思いましたかね?
ポジティブな捉え方としては「良かったね!カラオケという余暇活動が増えて、あと、人に対しての興味関心も広がったんでしょ?良かったじゃん!」と思ってもらえるかもしれません。
特に直接指導した研究者以外の人前でもスキルを使用していたり、カラオケボックスでも結果が維持していることから、
この男の子にとって将来楽しめる趣味ができたかもしれませんね。
私自身はこの介入については上手くやったな、という印象を持っています。
もし余暇活動の充実が人生を豊かにする1つの要素であるとすれば、男の子の人生は介入によって有意義なものに近づいた可能性があります。
ネガティブな側面も考えてみましょう。
もしかするとこう思うかもしれない、という1つの切り口として例えば介入方法から、
「介入中に適切にスキルが使用できなかった場合、身体的援助やモデル提示を行い、無理矢理言わせていたんでしょ?」
と思われたかもしれません。
これらは男の子にとって本意ではない行動を強制的にさせられていた。
これは男の子の自由を奪っている、可哀想だ。
このような可能性が頭によぎるかもしれません。
それはある種、間違いでは無いでしょう。
Twitterをしていてブログをアップしたときに興味深いコメントをもらうことがあります。
「お子さんに無理矢理スキルを教えるのはどうなの?」というご意見です。
ABA自閉症療育では「プロンプトを使用して行動させる」ことを良く行います。
これは確かにお子様側から見れば、「無理矢理に動かさせられている」という状況に見えるかもしれません。
男の子にとって今回教えられたスキルが意味があったものであり、本人にとっても良かったと感じてもらえたかどうか?
ということは、相手の頭の中を透視できるわけではないですから、行動を観察して判断していく必要があります。
幸いなことにこの研究では、教えていない人の前や場所でも自発的に教えられたスキルが使用されました。
これはスキルが「人般化(ひとはんか)した」「場面般化(ばめんはんか)した」というのですが、この事象は教えられたスキルが男の子にとって有用であった可能性を高める事象です。
行動するためには「強化」が必要だとABAでは考えるのですが、強化には「正の強化」と「負の強化」があり、特定の場面以外でスキルが出現することは「正の強化」である可能性を高めます。
つまり男の子にとっても覚えてよかったスキルである可能性が高く、介入方法が少し無理矢理感があったとしても、介入は男の子にとって良い意味のあるスキルを獲得する期間であったと解釈することが可能でしょう。
プロンプトを使用して行動させて強化する、ということについて、ここで書いたような「お子さんから見てどうか?(長期的に見て嫌な結果とならないか?)」という視点を忘れずにABA自閉症療育を行っていきたいです。
また井澤 信三他 (1998) の研究では出されていませんがABAでは「社会的妥当性(しゃかいてきだとうせい)」というものを測定し、その介入が社会的にみて妥当であったかどうか?を測定することもあります。
Jon・Baily & Mary・Burch (2006) によれば社会的妥当性とは、行動変容の標的は利用者に支持されるかどうか、その手続きが許容できるかどうか、また行動変容の結果が許容できるかどうかを明らかにする手続きです。
例えば「この介入は支援者にとって負担がなかったか?」や「この介入は本人は楽しみながら実施できたか?」などを質問紙で聞いたりします
このブログページでは井澤 信三他 (1998) の研究を参考に自閉症の男の子にカラオケ活動の中で介入を行い、カラオケ活動を通して人との関わりを増やしていった研究をご紹介しました。
個人的には面白いと思った研究です。
またコラムを書いたらアップいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
【参考文献】
・ 井澤 信三・山本 秀二・氏森 英亜 (1998) 年長自閉症児における「カラオケ」活動を用いた対人的相互交渉スキル促進の試み一行動連鎖の操作を通して一 特殊教育学研究 No. 36 (3), 31-40
・ Jon・Baily & Mary・Burch (2006) How to Think Like a behavior Analyst : Understanding the Science That Can Change Your Life 【邦訳: 澤 幸祐・松見純子 (2016) 行動分析的 ”思考法” 入門ー生活に変化をもたらす科学のススメー 岩崎学術出版社】