このページでは過去に自閉症児の支援についてどのような時代があったのかを最初に述べる。
2020年現在、自閉症児に「効果的」と考えられる支援方法が研究から示唆される時代となっている。
しかし半世紀ほど前の状況は現在とは全く違ったと言っても良い。
「支援方法がわからない」、「母親の関わりが悪い」と言われることが多かったようである。
その状況に一筋の光明を当てたO. Ivar Lovaas (1987) の研究をこのページでは紹介する。
O. Ivar Lovaas (1987) 以前の自閉症
1987年にLovaasが自閉症の研究を発表する以前の時代、例えばBernard Rimland (1964/1980) は自閉症について述べた文献は数多くあるが、その本態は20年前と同様に現在もなお不明で、原因も治療法も全くわからないと述べた。
Judith A .Crowel・lJennifer Keluskar・Amanda Gorecki (2019) は1950年代に母親または両親に対して「冷蔵庫(refrigerator)」という用語が登場し、自閉症の原因として親の暖かさの欠如や親子関係の機能不全が関連すると考えられていたことを述べている。
Robert L.Koegel・Lynn kern Koegel (2012) も1960年代以前は自閉症の治療の多くは親が原因だと考えられていたと述べた。
Catherine Maurice (1993)は自叙伝の中で病院に自閉症の我が子を連れて行ったところ「母親のせいである」として病院にお子さんだけを預け、病院内に入れてもらえなかった母親のエピソードを紹介している。病院の人たちは母親に対してかなり冷たく対応したようだ。
もちろん当時の人々が全員そのように考えていたわけではないと思うが、そのような考え方があって、文献を見ていると自閉症のお子さんについて特に母親との関係性が原因とされていた時代があり、また効果的な支援方法についても不明な時代が続いたようである。
O. Ivar Lovaas (1987)
このような時代背景の中、O. Ivar Lovaas (1987) がABA療育を通して自閉症の状態が劇的に改善したという研究を発表する。
この研究は結論を簡単に言えば「ABA療育を行うことで、47%(19人中9人)のお子さんがプログラムを通して知的に正常域まで成長し、加えて付き添いなしで小学校の普通クラスで生活をすることできた」ということが示された研究である。
現在Lovaasの行った手法は「EIBI:Early Intensive Behavioral Intervention (早期集中行動介入)」と呼ばれている。
Lovaasは2010年8月2日に83歳で他界した(参考 Tristram Smith・Svein Eikeseth,2011)が、EIBIは近年でもChanti F. Waters・Mila Amerine Dickens・Sally W. Thurston・Xiang Lu・Tristram Smith (2018) の研究などが存在し、現在も研究が続いているアプローチである。
O. Ivar Lovaas (1987) の研究は以下のようにエビデンスを示したものだった。
イラストの赤い吹き出し内で示したように「支援前」と「支援後」、「効果が期待されるアプローチ」と「他のアプローチ」(a,b,cを比較)を比較し、統計処理をすることで判断を行った。
前後の比較だけでなくグループ間での比較も行っているため、非常に良くできた隙のない研究のように思うかもしれないが、O. Ivar Lovaas (1987)の書いた論文はその後まったくの反論を受けなかったかと言えばそういったわけではない。
O. Ivar Lovaas (1987) への反論
例えばFrank M. Gresham・Donald L. MacMillan (1997)は、グループ(b)も「最良の結果」を得たグループ(a)と同じ療育内容が実施されていることを指摘している。LovaasはABA療育の結果を改善理由としたが、真の改善理由はABA療育の効果ではなく、治療強度(介入時間の長さ)が要因であり、単純に40時間以上療育したことが改善理由である可能性を述べた。
グループ(a)(b)共にLovaas型のABA療育支援を受け取っている。しかし研究結果ではグループ(a)(b)で大きな差が出た。この差の理由として(a)(b)で違いがあった「療育時間の差」が効果に影響を与えることが真で、「ABA療育」の効果と言って良いか?という反論である。
Frank M. Gresham他(1997)はこのタフな療育内容に言及し、Lovaas研究はグループ分けの際ランダム化していなかったことも指摘している。週40時間の療育に参加した親は研究前から内容を知っていた可能性がある。だとすれば、「最良の結果」は「ABAの療育効果」ではなく、子どもたちをタフな療育に参加させることを望む高い親のやる気が要因である可能性が考えられると述べた。
研究で「最良の結果」を受け取った子どもたちは1週間に40時間以上の療育を2年以上にわたって受けたグループのお子さんたちであり、かなりタフな療育内容である。
Lovaasは1987の研究を行う前から自閉症児に対して研究を行う研究者であった。そのためLovaasが自閉症児への支援の専門家であることを知っていたやる気の高い親たちがLovaasの「最良の結果」を得たグループ(a)に集まったのではないか?という反論である。
研究法においての「ランダム化する/しない」についてはこの後の記事でまた触れていく。
Morton Ann Gernsbacher (2003) はLovaas研究では「普通学級」に進学した割合がフォーカスされるが、クラス配置は子どもの能力より親の教育態度や学校の方針に関係すると述べた。彼も、グループ分けの際にランダム化しなかったことを指摘している。
Lovaasの研究ではIQの向上以外に「普通学級にかなりの数のお子さんが進学して過ごした」ことがフォーカスされ、結果を支援されることが多いが「普通学級に進学するかどうか?」というのは実は親の判断によるところが大きいため純粋に療育した結果と言えるかという反論である。
上記のようにO. Ivar Lovaas (1987)には反論の声もある。
ただし方法がわかっていなかった自閉症児の指導に彼が一石を投じたことは確かであった。
ABA療育を通して自閉症児の状態が回復した、というこの実験は親御様等に大きな希望を与えたことだろう。
先のページではO. Ivar Lovaas (1987)の行ったEIBIの「メタ分析」という研究手法を用いた効果研究も紹介していく。
このページで紹介されたO. Ivar Lovaas (1987)の研究は研究法で言えば「準実験」というカテゴリーに入る。
「準実験」とは「グループ分けの際、ランダム化せずに」行なったグループ比較研究のことである。
突然「準実験」と言われてもよくわからないだろう。また「メタ分析」という言葉も聴き慣れないと思う。
そのため次のページでは簡単に「研究法」について解説をしていこう。
その後、様々な研究について言及していく。
「研究法」について知っていることで、先のページを読みやすくするはずである。
【参考文献】
・ Bernard Rimland (1964/1980)INFANTILE AUTISM The Syndrome and Its Implications for a Neural Theory of Behavior 【邦訳: 熊代 永・星野 仁彦・安藤ひろ子 (1964/1980) 小児自閉症 ,海鳴社】
・ Catherine Maurice (1993) LET ME HEAR YOUR VOICE 【邦訳: 河合 洋=監修 山村 宣子=訳 (1994) わが子よ、声を聞かせて 自閉症と闘った母と子 ,NHK出版】
・ Chanti F. Waters・Mila Amerine Dickens・Sally W. Thurston・Xiang Lu,・Tristram Smith(2018) Sustainability of Early Intensive Behavioral Intervention for Children With Autism Spectrum Disorder in a Community Setting. Behavior Modification p1– 24
・ Frank M. Gresham・Donald L. MacMillan (1997) Autistic Recovery? An Analysis and Critique of the Empirical Evidence on the Early Intervention Project. Behavioral Disorders Aug 22, 4 ProQuest Central p185
・ Judith A .Crowel・lJennifer Keluskar・Amanda Gorecki (2019)Parenting behavior and the development of children with autism spectrum disorder. Comprehensive Psychiatry Volume 90, April, p21-29
・ Morton Ann Gernsbacher (2003) Is One Style of Early Behavioral Treatment for Autism ‘Scientifically Proven?’ Journal of Developmental and Learning Disorders. 7.19-25.
・ O. Ivar Lovaas (1987)Behavioral Treatment and Normal Educational and Intellectual Functioning in Young Autistic Children. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 55(1) p3–9.
・ Robert L.Koegel・Lynn kern Koegel (2012) Pivotal Response Treatment for Autism Spectrum Disorders 【邦訳 小野 真・佐久間 徹・酒井 亮吉 (2016) 発達障がい児のための新しいABA療育 PRT Pivotal Response Treatmentの理論と実践 二瓶社】
・ Tristram Smith・Svein Eikeseth (2011) O. Ivar Lovaas: Pioneer of Applied Behavior Analysis and Intervention for Children with Autism. Journal of Autism and Developmental Disorders 41 p375–378