例えばお子様へのお悩みごとで「私の子どもは記憶力が低いので記憶力を鍛えてください」とか、
「うちの子は衝動性が高いので衝動性を下げてください」とか、そういった悩みを聞くことがあります。
「記憶力が低い」「衝動性が高い」というキーワードは療育でも良く聞く言葉です。
さて、この「記憶力が低い」「衝動性が高い」という悩みごと、具体的に問題を示していると言えるでしょうか?
実は「記憶力が低い」「衝動性が高い」というキーワードは頻繁に使われる言葉ではありますが、具体的に問題を示しているとは少なくとも私は思いません。
では「具体的に問題を示す」とはいったいどういうことでしょうか?
そして「具体的に問題を示す」がどういうことか解説をしたのち、「記憶力が低い」「衝動性が高い」という悩みごとの一例も見ながらABA自閉症療育で使えるテクニックとして書いていきましょう。
具体的に問題を示すとはどういうことか?
「具体的に問題を示す」とはどういうことで、どうして問題を示さなければいけないのでしょうか。
「問題を示す」理由は、解決に導くための方略を考える(考えてもらう)ためでしょう?
例えば「記憶力が低い」「衝動性が高い」ということを聞いたことで、その情報だけで「では、Aというトレーニングを行いましょう!」と方略が決まることにはまずならないはずです。
あなたが専門家にお子様の「記憶力が低い」「衝動性が高い」と相談するとき2つのパターンが考えられるでしょう。
それは、
1つ目・・・あなた自身がお子様と関わっていて記憶力の低さや衝動性の高さを目の当たりにしている
2つ目・・・他の専門家に指摘された(例えば園の先生や発達検査の結果のフィードバック)
の2つです。
特に後者の方では親自身はそれまであまり意識をしていなかった場合は専門家に指摘され、
不安になって療育の先生に相談をする、というケースが見受けられます
上の1つ目、2つ目いずれの場合であっても、
「記憶力が低い」「衝動性が高い」と相談をされて、その情報だけで「では、Aというトレーニングを行いましょう!」と方略が決まることにはまずならないと思います。
例えば支援方略を決めるためには、
どういった場面で、お子様がどう行動することで、結果的にどうなっているので、あなたは記憶力が低い(もしくは衝動性が高い)と感じるのですか?
という質問への回答が必要だと思います。
これは園の先生に指摘されたケースでは、
どういった場面で、お子様がどう行動することで、結果的にどうなっているので、園の先生は記憶力が低い(もしくは衝動性が高い)と感じているのですか?
という変形の質問になります。
発達検査の場合は、検査の結果を受けて、
・ 検査では記憶力が低い(もしくは衝動性が高い)と出ましたが、あなたは生活の中で思い当たることがありますか?
・ 検査では記憶力が低い(もしくは衝動性が高い)と出ましたが、例えば園の先生に思い当たることがあるか聞いてもらえませんか?
などの質問に答えることになるでしょう。
特に発達検査の場合は緊張感、不安感等、他に影響を与える要因もあるため「実生活でどうか?」と振り返って考えることをお勧めします
「記憶力が弱い」「衝動性が高い」という言葉だけでは、実際に困っている場面の実態が反映されていません。
そのため問題解決の対応方略を決めるためには上で例として書いたような質問への回答が必要となってくるでしょう。
また、確かに「記憶力」や「衝動性」は人それぞれにおいて差があると思います。
「記憶力」や「衝動性」の高低で生活を送るスキルを有用に使える有利不利が発生することは私も日々生活の中で感じることもある事実です。
しかし、だからと言って問題解決の方略を考えるとき「記憶力」や「衝動性」と聞いて「”記憶力”や”衝動性”を鍛える」、という方向性は、私は難しいと思っています。
そのため本項目で記載した、
どういった場面で、お子様がどう行動することで、結果的にどうなっているので、あなたは記憶力が低い(もしくは衝動性が高い)と感じるか?
という質問へ回答し、問題を具体的に示す中で必要な対応策を模索して行く必要があるでしょう。
さて、では以下、「記憶力が弱い」「衝動性が高い」という悩みごとの一例も見ながらABA自閉症療育で使えるテクニックとして具体的に問題を示すことの有用性を書いていきます。
具体的に問題を示すことの一例
例えば「記憶力が低い」ことにより、
『先生が出した複数の指示が聞けない(例えば「手を洗って、クレヨンと折り紙を持ってきて」)』
ということが生じていれば、確かにそれは問題かもしれません。
また「衝動性が高い」ために、
『ダメだとわかっていても先生の注意を引きたくて絵本の読み聞かせのとき大きな声を出しちゃう』
ということが生じていれば、確かにそれは問題でしょう。
どういった場面で「記憶力が弱い」「衝動性が高い」と感じるか、を上のように特定します。
そして、このように「記憶力が弱い」「衝動性が高い」と感じる実態場面が分かれば対応策を考える段階に入れるでしょう。
「複数指示が聞けない」や「大きな声を出してしまう」という実態場面がなければ何をどう練習してよいか難しいです
仮に「先生が出した複数の指示が聞けない」以外に「4語文の文章が覚えられない」や「ものを置いた場所を忘れてしまう」、「さっきお願いしたことを覚えていない」と言った記憶力に関連するいくつもの場面で問題が散見されたとしましょう。
このお子様は「記憶力が低い」という言葉が当てはまり、実際に他のお子様と比較して記憶力が低いことで生活に支障が出ている状態と言えるかもしません。
しかし「記憶力が低い」と言っても、実際にトレーニングしていく場合は、
・ 先生が出した複数の指示が聞けないこと
・ 4語文の文章が覚えられないこと
・ ものを置いた場所を忘れてしまうこと
・ さっきお願いしたことを覚えていないこと
それぞれもう少し「記憶力が低さ」を細かく見て、その見た結果に対応し、それぞれ練習していくことになるでしょう。
何か場面を作って練習して行く中で、練習をしていなかった他の場面でも改善が見られてくることがあります。
これを「般化(はんか)」と言うのですが、
般化は直接教えていない様々な場面や状況、人に応じて適切な行動を示すこと。また、教えられた型どおりではない応答を示すことです(Shira Richman,2001)。
以下、ここまで例として見てきた、
「記憶力」・・・『先生が出した複数の指示が聞けない(例えば「手を洗って、クレヨンと折り紙を持ってきて」)』
「衝動性」・・・『ダメだとわかっていても先生の注意を引きたくて絵本の読み聞かせのとき大きな声を出しちゃう』
の支援方法の一例を簡単にご紹介し、本ブログページを終了したいと思います。
先生が出した複数の指示が聞けない
先生が出した複数の指示が聞けないですが、例えば「手を洗って、クレヨンと折り紙を持ってきて」の指示の中で、
・ 「手を洗って」の意味がわからない
・ 「クレヨン」を知らない
・ 「折り紙」を知らない
・ 「持ってきて」の意味がわからない
この場合はまず言葉を覚えることから始める必要があるので、それぞれの言葉の意味を単独で教えていく必要があるでしょう。
例えば「手を洗って」や「持ってきて」の動詞の場合は実際に音声で指示を出し、単独でそれらの指示を教えていくことが1つの方向性として考えられます。
「クレヨン」や「折り紙」の名詞を知らない場合は、「クレヨン」や「折り紙」のの名前を単独で教えることが1つの方向性として考えられるでしょう。
ただ、もし上記で躓いていた場合、これは「記憶力」の問題とは言えないかもしれません。
もう少し正しく上記の状態を言えば「知識不足」の方がしっくりくると思います。
もし「知識不足」ではなく、知識は充分あるにもかかわらず、単独ではなく連続になったとき指示が聞けない、
とすればどういった支援方法が考えられるでしょうか?
例えば1例として先生が「手を洗って、クレヨンと折り紙を持ってきて」と言ったとき、
お子様に「手洗う、クレヨン、折り紙」と3回つぶやいてもらう(もしくは心の中で反芻してもらう)
等の支援方法を行うことが私は多いです。
何度か自分自身で言葉に出すことで記憶に残りやすくします。
これは私たちも普通にやっていることでしょう。
例えば私自身が「駄菓子屋行ってくるわ」と言って部屋を出るとき、友達が「後でお金返すから、コーラとガムとチョコとラーメンを買ってきて」とお願いしてきたとしましょう
すると私は相手に「コンビニでコーラとガムとチョコとラーメン?」と聞き返し(自分自身で唱え、相手にも確認する)ます
相手が「そうそう!お願い!ごめんな」と返答し、「わかった」と言って私が相手と離れるとき、
例えば右手をパーにして指を1本ずつ折りながら「コーラ(指を1本折る)、ガム(2本目の指を折る)、チョコ(3本目の指を折る)、ラーメン(4本目の指を折る)」と数や動作とも対応させ記憶に残るように努力します。
このように私自身も「耳で聴いただけ」で記憶に残すことは難しいのです。
今は携帯電話があるので携帯電話にメモするようになりましたが、子どもの頃はこのようにして記憶していたと覚えています
そのためお子様に複数の指示を覚えることを教えるときは「3回つぶやいてもらう(もしくは心の中で反芻してもらう)」ということを練習することが多いです。
※ 回数はお子様と状況によって調整、例えば教室移動で長い時間覚えていないといけない場合等は3回以上言ってもらうこともある
上の支援方法は「記憶」に関連したスキルの支援方法の1つでしたが、別の角度で上記の問題場面への対応を考えた場合、
・ わからなくなったら、周りのお友達を見てマネをする
・ わからなくなったら、先生のところに行って「もう一度言って」と言ってお願いする
等も上の場面で良く行われる支援方法でしょう。
ダメと分かっていても先生の気を引くために大きな声をだしちゃう
ダメだとわかっていても先生の注意を引きたくて絵本の読み聞かせのとき大きな声を出しちゃうの方の支援方法もご紹介します。
絵本の読み聞かせのときに「大きな声を出しちゃう」ですが、まず「先生が絵本を読んでいるときは静かに聴いている」というルールが理解できることがこれからお伝えする方法の前提です。
この「ルールが理解できるか」の確認は、上の例で出した「知識不足」であるかどうかを確認するときと比べて、コツがいるでしょう
ルールが理解できるかどうかの確認ですが、例えば家でお子様が静かにできていない場面を探しましょう。
探したところ、お子様は家でヒーローもののYoutubeを見ているとき、大きな声を出して見ていた
何度かお子様が家でヒーローもののYoutubeを見ているときを観察したところ、やはり大きな声を出す行動が毎回見られた
上のようなお子様が安定して自発的に大きな声を出す状況を探します。
そして上のような状況で一度「静かに見ていてね」と指示を出しましょう。
このとき「静かに見る」ができたら、お子様は「静かに聴いている」というルールも理解できている可能性が高いです。
これはその指示を出していない普段の状況では大きな声を出していたので、今回「どうして大きな声を出さなかったのだろう」と考えたとき、直前に出した「静かに見ていてね」と指示が影響している可能性が高いから、と考えるからとなります。
ではこのとき「静かに見ていてね」と指示を出しても静かにできなかったとしたら「静かに聴いている」というルールが理解できていないと言えるのでしょうか?
お子様は楽しい場面ではルールの理解ができていても、我慢できず(←我慢できない=衝動性が高い状態)大きな声を出している状態かもしれません。
これは園と同じようにルールを理解できているものの、大きな声を出している可能性があるということで、「ルールが理解できていない」と断定するにはまだ早いと思います。
ではどうしたら良いでしょう?
「分かっていてもできない」場合は、お子様のモチベーションを上げてアセスメントすることで「ルールが入っている確率が高いか」、「理解できている確率が高いか」を確かめます。
例えば「静かに見ていてね。できたらアイス買ってあげる」等です。
もし、このようなお子様が「え、じゃあそれが良い」と感じるようにモチベーションが上がった状態で「静かに見る」ができたら、
お子様は「静かに聴いている」というルールは理解できているものの大きな声を出している可能性が高いです。
注意点
注意点として上のようなモチベーションの上げ方は基本的にはアセスメントのときに使用し、常用しないようにしましょう。
「アイスを買ってもらえないなら、静かにしない」という学習が成立すると、それはそれで大変でしょう?
ですので、常用すると言うよりは状況を確認するアセスメントのために使用しましょう。
・・・
さて、前置きが長くなりましたが、ダメだとわかっていても先生の注意を引きたくて絵本の読み聞かせのとき大きな声を出しちゃう場合の支援方法はどうすれば良いでしょうか?
例えば1例として先生(家で練習するときはお母様等)が絵本を読むとき、お子様に最前列へ座ってもらう(もしくは隣に1人先生がつく)ようにして、
絵本を1ページや1行(ここの量はお子様によって調整)読むごとにうんうんと笑顔を向ける、「座れててえらいね」と声をかける
等の支援方法を行うことが私は多いです。
お子様は先生の注意を引きたくて大きな声を出していたので、充分に注目がもらえている状況であれば声を出さなくなる可能性があります。
お子様が静かに最後まで聞けたらめちゃくちゃ褒めてあげましょう。
そののち絵本を1ページや1行(ここの量はお子様によって調整)読むごとに与えていた注目を、2ページや2行と言ったように間延びさせていき、1冊聞いていられることを狙います。
ここまで、支援方法の一例を示してきました。
支援方法の決定の基本は親御様と話し合い、お子様に合わせたものを行っていくことだと思います。
もし似たような状況で困っていた場合、ここでご紹介した支援方法の方向性も良いなと思ったら参考にしていただければ幸いです。
さいごに
本ブログページでは「記憶力が低い」「衝動性が高い」というキーワードは頻繁に使われる言葉ではあるものの具体的に問題を示しているとは少なくとも私は思いません。
という切り口から、「具体的に問題を示す」とはいったいどういうことか?
例えば少なくとも、
どういった場面で、お子様がどう行動することで、結果的にどうなっているので、あなたは記憶力が低い(もしくは衝動性が高い)と感じるのですか?
という質問に回答することであると書いてきました。
本ブログページでは「記憶力」「衝動性」というキーワードで書いてきましたが、
他にも「性格」「注意力」「気持ちの弱さ」「甘え」「根気」なども、私は具体的に問題を示す言葉としては充分であるとは考えていません。
以上のような問題に悩んでいるとき、それは実際のどういった場面でお子様がどのように行動しているから、そう思うのか?
ABA自閉症療育で問題を考えるとき、そのようにより具体的に場面を限定して考えることが解決への一歩につながると思います。
今回は問題行動を捉えるときの捉え方のテクニックとして書いてきました。
本ブログの内容が誰かの参考になれば幸いです。
【参考文献】
・ Shira Richman (2001)Raising aChild with Autism A Guide to Applied Behavior Analysis for Parents 【邦訳: 井上 雅彦・奥田 健次(2009/改訂版2015) 自閉症スペクトラムへのABA入門 親と教師のためのガイド 株式会社シナノ パブリッシング プレス】